坩堝の電圧/くるり | Surf’s-Up

Surf’s-Up

音楽の話を中心に。時にノスタルジックに

Surf’s-Up
 くるり、通算10作目のアルバム。日本と韓国でのレコーディングの様子は、オフィシャルサイトでもよく伝えられていたし、5月のライブでもすでに19曲収録されることを公表していたので、かなりの大作になることは予想できた。


 しかし、予想できなかったのは、このアルバムがとてつもない傑作になったことだった。新体制になってまずは足固めに重きが置かれるんじゃないかと思っていたからだ。そうならなかったのは、「ワルツを踊れ」以降のバンドが、野心を持ちつつも誠実に音楽と向き合い、地力をつけていったからだと思う。そして機が熟し、やりたいものをやりきるために、自分たちがありたい姿になるために、新体制を編成したのだろう。


 まずは1曲目white out(hevy metal)から2曲目、くるり史上最速bpmの2曲目chili pepper japones、3曲目everybody feels the sameで大音量で聞いてほしい。この速度感は意外と彼らの作品に今までなかったものだと思う。そして、ツインギターになったせいか、ギタープレイが非常に猥雑な感じでかっこいい。10曲目falling、11曲目dancing shoesのオルタナチックでギラギラしたナンバーも初期くるりを思い起こさせるような勢いがある。


 4曲目taurus,5曲目pluto,6曲目crab reactor,futureの流れは4th「The World Is Mine」期の志向を久々に感じさせる。16曲目、佐藤の作品jumboもしかり。ただ風通しはかなり良くて、作り込まれたトラックから浮かび上がる牧歌的なメロディーが心地よく響く。


 7曲目dogは新メンバー吉田省年の作品。ヴォーカルも彼が務めているが、まさにここ数年のくるりだよねっていうアコギとピアノが優しげに響くナンバー。そして、岸田が相馬地区にいる知り合いに向けて作ったというsoma。歌詞もメロディーも本当に美しく、鎮魂歌でもあり、復興への希望の歌でもある。震災後のあり方を問うような曲がいくつか収録されているが、この曲の力は中でもすさまじいものがある。個人的にしばらくは涙なくしては聴けなかった曲。


 今作はサウンド面での方向の一つとして「無国籍感」があると思う。10曲目argentina、13曲目ファンファンが歌う中国語ナンバーchina dress、前述の2曲目chili pepper japonesもそうだけど、中近東からアルゼンチンまで世界の街でかかり続ける音楽を自分たちのものに昇華させている。ファンファンはトランペッターだし、吉田省年は数曲でチェロをプレイしている。こうしたメンバーの力量が花咲かせた部分も大きいだろう。


ラスト3曲も非常に印象的。沈丁花、のぞみ1号とどシンプルなアコギナンバーは心への染み入り方が半端ではない。そしてラスト・ナンバー、Glory Days。過去の笑いも哀しみも全てかなぐり捨てて、ただただ未来へと向かっていく。今の僕らに必要なのはその覚悟なのかもしれない。終盤に出てくる過去の名曲の一節たち。自分たちが心血注いで作り上げたものさえも踏み越えて行こうという、ある種の闘争宣言のようにも聞こえる。


 全くテンションが落ちることなく、全く飽きることなく、音楽のエネルギーが止めどなく溢れてくる感じがたまらない。アルバムごとに明確なコンセプトを設けている印象があった彼らであるが、今作はコンセプトを超えて生まれ出たもの、溢れてきたものを余すことなく形に変えることができるバンドになったことを証明したように思う。10作目にして、最高傑作ってそうはないでしょう。でも、こう思うんです。くるりの最高傑作はこの先にあるような気が。


 ★★★★★(18/11/12)