PINK/曽我部恵一 | Surf’s-Up

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 ソロ活動10周年を迎えた曽我部恵一の最新作。リリース日は4月20日。まだ震災の影響で「音楽なんてやってる場合か」という空気が漂っていた頃である。曽我部恵一自身もリリースすべきかどうかかなり迷っていたらしいが、改めて聞き直してみて心から「この歌を届けたい」と思い無事に世に出ることになった。


 前作のソロ「けいちゃん」はアコギ一本でぎりぎりの表現スタイルで勝負した「生身」のアルバムであった。今作はバンド形式での録音であるものの、手触りはアコースティック寄りなものとなっている。


 曽我部恵一というと、呼吸や食事と同じ感覚で音楽を作り続けいるのではないか、というくらい多作な表現者である。きっと今日もどこかで曲を作っているか、またはどこかで歌っているか。どこまでも、音楽にどっぷりつかっている人だ。そんな調子だから、彼の作品からは彼の思想や感性が明確に伝わってくる。そしてそれは年を重ねるごとにダイレクトさを増しているように感じる。


 優しげでありながら、とても透徹とした美しい音楽がここにはある。「春の嵐」という曲で始まるのだが、叙情的に春の情景を描いていても、不思議と伝わってくるのは曽我部恵一がどんな気持ちで春を俯瞰しているのかというパーソナルなものだ。たまたま入ったカレー屋さんでできあがったという「がるそん」、全ての人に平等に訪れるどん底な瞬間を肯定し乗り越えようとする「なにもかもがうまくいかない日の歌」など歌うテーマもいろいろあるが、やはり最終的には曽我部恵一という人間に集約される。


 その集大成的アンセムが「愛と苦しみでいっぱい」だと思う。全ての楽器からミックスまで自分で行ったこの曲では「ぼくらはいつだって愛と苦しみでいっぱい/気づいて傷ついて喜びと悲しみでいっぱい」と歌われる。愛と苦しみ、喜びと悲しみ。これらは表裏の関係にあるのではなく並列的に存在してこそなのだ、ということを教えてくれる。


 季節はもう秋だけど、やっとこのアルバムのレビューを「書いても良いよ」というサインを自分の心がくれた。人生で最も辛いんじゃないかという時期に、自分を支えてくれたアルバムでもある。ライブに行ったときに力強く僕の手を握り返してくれた曽我部さんとの握手を僕は一生忘れないと思う。もちろんこのアルバムも。


 ★★★★☆(27/10/11)