月と専制君主/佐野元春 | Surf’s-Up

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 佐野元春、初のセルフカバーアルバム。デビューから30年が経ち、現在も精力的にツアーを行っているが、最初「セルフカバー」と聞いて、ややネガティブな印象を受けた。なんとなくだが「セルフカバー」なんて、現役バリバリのアーティストがやることではないんじゃないかと思ったからだ。新しい音楽を作ることを諦めた人間が、小遣い稼ぎにやるようなことなんじゃないかと。


しかし、このセルフカバーにはある意図があった。それはまず「今の自分の声で歌いたい」ということ。近年声の衰えが心配されているが、確かにライブを観ていても、高音のかすれが耳につく。オリジナルキーで歌われる曲も一握りだ。そういった中で、自然体のアプローチで、自分の作り出した音楽を見つめ直したいという思いは強かったと思う。


 それと「今の自分による、過去の曲の再構築」という試みもある。培ってきた音楽性、経験によって成熟したものが、過去の楽曲をどのように「料理」するのか。結果として全編アコースティックやジャズテイストの強いアルバムとなったが、安易な感じや古臭さは全くない。名うてのミュージシャンが集うThe Hobo King Band。彼らの熟練した演奏は、アナログレコードを聴いているような柔らかな感触をもたらしている。


 アルバムタイトルでもある「月と専制君主」は、「Cafe Bohemia」に収録された曲。今回のカバーではアーバン・ソウル風にアレンジされている。「クエスチョンズ」はタイトなロックナンバーだったオリジナルが、ここではウッド・ベースの効いたジャジーなアレンジとなっている。作品中一番有名であろう「ヤングブラッズ」はラテンロック風に・・・


 セルフカバーであるから誰も文句は言えないが、かなり自由なアレンジが各曲に施されている。しかし、それでいて全く残念な感じはない。思い入れのある曲でさえ、ここではオリジナル以上の輝きを放っている。それは今でも彼の感性が鋭敏で、思想をジャストな音に表現できるということの証明となっているし、ひいては今の日本語ロックの成熟度を感じることもできる作品だと思う。


 他にもたくさん紹介したい曲があるが、想いが暴走しそうなのでこの辺で。この溢れんばかりのリリシズム、たまりません。自分の中の「かっこいい人」の一人に佐野元春は30年近く居るんだけど、この先もずっと居るでしょうね。


★★★★☆(07/03/11)