Antony&The Johnsonsの3rdアルバム。前作が高い評価を受け大ブレイクしたとのことだが、僕はこのアルバムが初体験。ルー・リードは彼の歌について「初めて彼の歌を聴いたとき、目の前に天使がいると思った」と表現した。あのルー・リードが、である。そもそもルーを紹介されたときも、アントニーはルーのプロデューサーに「たぶん、彼は君のこと好きじゃないと思うから、もし気に入らなかったらすぐにスタジオを去るように」と言われたらしい。しかし、結果的にはルーは彼をワールドツアーに帯同させ、レコード会社に契約するように招待状を書いた。歌の力とはすごいものである。
このエピソードが物語るように、アントニーの歌が持つパワーはすさまじいものだ。ピアノと最小限のストリングス、そして彼の歌声だけ。しかし、そのどれもが途方もない高いレベルで研ぎ澄まされている。余計なものが無いと言うよりは、存在しうることができないのだ。
アシッド・フォークのような浮遊感のある曲もあれば、ずっしりと重いゴスペル的なもの、ポップなテイストを持った曲もあるが、アントニーの存在感のある声がいい意味でアルバムを支配している。計算しているわけではないだろうが、自分の声の魅力を十分に知り尽くしていて、どの曲を聴いても最終的に耳に残るのは彼の歌。
そういった意味では、その完璧さがいささか閉塞的に感じてしまうところがないわけではない。それでも、やはりこの時代に歌のプリミティヴなパワーだけでこれだけ感動させられるものを作れるのだなと、感心させられる。息を呑むような美しさ、と言葉にするだけでは伝えきれないような「凄み」のあるアルバムである
そのような「凄み」を持ってして伝えたいことは何だろう。歌詞では自然に注目した内容が多い。単純に言えば失われつつある原風景に心を痛めながら、自分のあるべき場所を問うようなものが多い。リード・トラックAnother worldではタイトル通り「別の場所へ行きたい」という切実な思いを歌っている。
暗闇に差す一筋の光。「いまわたしは陽光を切望する」と彼は歌う。しかし、それがどんな光なのか、何から発せられた光なのかは今はわかりようもない。それでもその光は途方もないくらい眩しく美しいはずだ。
「自分たちの世界が暗闇にあるとしたら、そこに光が差したとしたら、君はどうする?」という問いにどう答えたらいいだろう。アントニーの答えはこうだ。
「私が 光の中で泣いていても 許してほしい」-The Crying Light
おすすめ度★★★★☆(28/02/09)