水曜ですね、
っていうか大晦日ですね。
テルトウです。

クリスマスに続き
大晦日という大事な日に
僕の番なんて恐縮です。

そうなんです
僕はラッキーなんです。
常にツイてます。
いつも地味にしてますが
実はラッキーの塊です。

ラッキー池田ならぬ、
ラッキー輝藤と呼んでください。
今年もラッキーに囲まれ本当に
良い年になりました。
ありがとうございます。


今回のシュールなモノは
「輝藤がドラムを始めたキッカケ」
シュールですね。

僕がドラムを始めたのは
かれこれ23年前、
中学3年生の 11月17日。

学習塾で仲の良かった友人が
「俺、実はバンドやってるんだけど
ドラマーがいないから来ないか?」
という事でスタジオに誘われ、
初めて目にする
ドラムセットに
恐る恐る座ったのが
最初でした。
今でも付き合いのある
ベーシストとギタリスト
にもその時初めて出会いました。

それまでレベッカのドラマーの
小田原豊が好きすぎて
VHSのライブビデオが擦り切れるまで
ドラムをチェックしていたからか、
初めて座ったドラムセットで
いきなり「8ビート」を
叩けたのを
メンバーが驚いていました。
一番驚いたのは僕でしたが。



これがドラムセットとの出会い。



打楽器そのものでいうと
さらに10年遡って
小学校2年の時でした。

学園祭の発表で合奏をすることになり、
僕は小太鼓を担当することになりました。
その時生まれて初めて
小太鼓(スネアドラム)に触れ、
スティックの先端が小太鼓の膜に触れた瞬間の打感が腕に伝わる何とも言えない感触と、
ヒットした瞬間の「タンッ!」と鋭く爆発する
歯切れの良い音に、
小2のガキながらに
ものすごく感動したのを
今でも覚えています。

「ヤミつき」
とはまさにこのことで、
放課後サッカーやドッチボールに飽きた時は
音楽室に向かい
ソロで小太鼓を叩き続けました。
たまに居合わせた女の子たちの
オルガンに合わせたりして
遊ぶことも楽しかった。
目を合わせて笑いあったりして笑。
今思えばあれは「ジャム」でした。


「歌えバンバン♪」が課題曲でしたが、
先生に「バックビート」で叩くように言われ、
説明がわからずすごく戸惑いました。
それまでは手拍子と同じように
「アタマ」でリズムを取るもの
と思っていたので、
アタマは休んで「ウラ」で取るって
当時の僕にはものすごく
画期的だったのです。

練習していくうちに「ウラ」
でリズムをハメていく感覚が
すごく気持ちよくてこれにも
ものすごくハマりました。



今振り返ると
ドラムをやるのは
偶然じゃなくて必然でした。
なぜなら、
打楽器に関することは自然と
熱中して時間を
費やしていたからです。

いま38歳になった今もドラムを
叩いて楽しんでいる自分に幸せ感じます。
これもまさにラッキー輝藤。

来年もよろしくおねがいいたします!
良いお年を!


※さっき我が家で食べた
年越しそば↓