※久々に、実家の母の話です。
いつもお読みいただいている方にはお馴染みの、あまり明るいトーンではない内容ですので、
苦手な方はスルーしてください🙇♀️
先日の母の日に、
実家の母に電話をしました。
母の日の電話は、毎年比較的機嫌が良く、
失言も少なめ(ゼロにはなりません、絶対に😅)。
年々、記憶力が落ちてるし、不思議な発言も増えているけれど、
父と2人でなんとか頑張ってくれていることには、素直に感謝しています。
なかなか帰れずにいることは、
申し訳なく思います…。
最近母に電話すると、
必ず次男の心配をしてくれます。
次男の障がいのことは、
年々理解が曖昧になっていますが、
正直、そこはもう諦めました。
次男が幼かった頃はそれなりに理解してくれていましたが…
次男の状態が、大人になって変化してきているのも事実ですし、
それを、認知機能が衰えてきている高齢の母に理解しろというのも、難しいのかもしれません。
理解してないがための失言もありますが、
それにもだいぶ、慣れ…たかな?苦笑
(「ふつーーーの会社で、ふつーーーに働いてくれればそれでいい」とかね。
それが一番難しいんだってばよ![]()
)
理解は曖昧でも、
心配してもらえるだけありがたいんでしょうね、
さて、先日の電話で、
母にこう言われました。
「オマエは何がなんでも元気でいないと。
これからは、次男ちゃんを守るためだけに生きなさい」
…。
…そう言うよね、お母さんは。
いかにも母らしい。
考えてみたら、
実際母も、私や弟たちのためだけに生きてきたんだろうなと思います。
母が、自分のために時間を使っているのをほぼ見たことがありませんし、
友だちと出かける…といったことも、ほぼなかったと思います。
だからこそ、
私たちに求めるものも大きくなるのかもしれないな…なんて、
最近は思います。
でも…
「次男ちゃんのためだけに生きなさい」という母の言葉には、
なんとも言えないモヤっと感を抱きました。
もともと、母の言葉を素直に受け取れない性分なのもありますが(これが一番かも?
)
母の価値観や自己犠牲の精神をそのまま私にも押し付けてくるのは、
ちょっとどうなんだろう?と思ってしまったんですよね。
もちろん私にとって、息子たちは世界で一番大切です。
それなのに、長男のことは守りきれませんでしたが…
だからこそ、次男のことは全力で守らねば!と、私自身も思うので、
母の言いたいことももちろん分かります。
特に次男は、難しい特性もありますから、
親としての役目は、健常者の親に比べたら格段に多いのも自覚しています。
でも、「それだけのために生きなさい」と母に言われてしまうのは…
正直、
ちょっと寂しいなと思ってしまったんですよね。
たぶん私は、母に、
「自分の好きなことしなさいね」とか
「自分を大切にしなさいね」とか…
そんな優しい言葉をかけてもらいたかったんでしょうね。
でもそれはきっと、無理だろうなー。
それよりも…
自分を犠牲にしてまでも私たちを育ててくれた母に、
感謝しなきゃいけないんでしょうかね…。
こうして考えてみると、
私も親として、
自分を犠牲にしても、次男のためにできることを…と思ったりもしたけれど、
それは必ずしも、次男にとって嬉しいことではないかもしれないな、
もっと自分のために生きて良いんじゃないかと…
思ったりしました。
むしろその方が、
次男に対して、不要なプレッシャーを与えなくて済むのかもしれないですね…。
そうはいっても、
放っておいて大丈夫、とは言えない子ではあるので、
バランスは考えなければなりませんが。
…私にとって一番苦手なやつですな😅
親を見て、我が身を振り返る…
これができるのも、
恵まれていると言えるんでしょうね。
なんかだんだん、
何が言いたいのかよくわからなくなってきました。
まとまらず、すみません🙇♀️
ちょっと吐き出したかったんです…。
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おまけ
2017年の母の日にもらったミニ薔薇の鉢植えは、
今は、玄関横に直植えされ、大きくなっています。
この薔薇を見るたびに、
長男の成長も見たかったと、未だに思う私です…。
そんなことを思っていたら、
母の日の翌日に、幼い姿で、夢にチラッと出演してくれました。
ありがとう。
今の長男に会いたいな…。
