2020東京オリンピックでNZL M8+が1972年のミュンヘンオリンピック以来49年ぶり(東京開催は2021のため)に金メダルを獲得しました。
半世紀ぶりに天才が9人同時に現れたのでしょうか?ここまで極端なことではなくても、
「彼らには才能があったんだ」「環境に恵まれていたのだろう」と思う人もいるかもしれません。たしかに、彼らは才能に恵まれていたかもしれませんし、NZLチームにはノウハウもあったでしょう。けれども、それ「だけ」で成し遂げられるようなことでないことは明らかです。そして、それ以外のことは「努力」と一言でまとめられがちですが、具体的にはどのようなことに取り組み、そこに至るまでにどのような物語があったのでしょうか。
この競技について私たちが手に入れられる情報は多くはなく、どうしても結果が中心になってしまいその背景まで知ることは困難です。しかし!なんと!金メダルを獲得したkiwi M8+クルーの一人、Shaun Kirkham選手がYouTubeに
「The New Zealand Men’s Rowing 8 Story, Told by Shaun Kirkham.」
という動画をアップロードされています!!!!
2年前に公開されているので、知っている人もいるかもしれませんが、彼らの物語にとても感銘を受けたのでここで共有したいと思います。特に、これから全日本やインカレに向けてステップアップしていく後輩たちにぜひ知ってほしい内容です。
詳しい内容は実際に動画を見たほうが伝わってくるものが多いと思うので、ここでは私の印象に残った部分を紹介します。
ちなみに、Shaun選手はトヨタ紡織で全日本選手権にエイトで出場し、後から出てくるTom選手とともに優勝しています。
・4年計画が9年計画に
これ以前もエイトで金メダルへの挑戦や計画はあったかもしれませんが、Shaun選手が関わっていたものについてはこのように紹介されていました。
もともとは2016年、リオデジャネイロオリンピックをゴールとした計画だったようです。1、2年目、U23カテゴリーではエイトで2連覇を達成と好調な滑り出しに見えたものの、その後のエリートカテゴリーでは年々順位が後退していきます。とはいえ基本的にはA Finalでメダル争いに近い位置にいるので、悪くないどころか私たちからすればむしろ良いとすら思える結果ですが、あくまでオリンピック金メダルを目標とする彼らにとっては足りない結果でした。
6位で終わったリオ五輪後、4年計画は東京オリンピックに向けた8年計画に延長され、ここでクルーに新たに
Mahe Drysdale選手、Hamish Bond選手という2人のレジェンド選手が加わります。
その後コロナウイルスのパンデミックにより8年計画はさらに1年のびて9年計画になります。この間に新しい世代の選手も加わり、その中にはTom選手がいました。9年といえば、小中学校と義務教育が修了するほどの年月です。思うような結果が出ず、努力をしたからと必ずしも報われるわけではない先が見えない9年は本当に果てしない時間です。Shaun選手がどのようなことを考え、どのような想いで漕ぎ続けたかに注目してみてください。
・Heros
リオ後2人のレジェンド選手が加わり、その2人に挟まれて漕いでいたShaun選手。2人のヒーローに挟まれ、さぞ幸せな乗艇だったのかと思いきや、なんとその二人は互いをディスり、煽り合っていたというではありませんか!思わず突っ込みたくなったそうですが、2人のディスの内容や突っ込みに注目して聞いてみてください。
・世界最終予選
多くの選手がオリンピックへの夢を絶たれため「Regatta of Death(死のレガッタ)」と呼ばれるオリンピック出場権がかかる世界最終予選です。これについてはYouTubeのEamonGlavinというチャンネルで、
「Where Olympic Dreams Go to Die | Final Olympic Qualifying Regatta」
というとてもきれいな映像の動画があります。
絵画のように美しい雨降るスイスルツェルンの街並みと、コンマ数秒差で出場権を獲得し雄叫びを上げる選手、その横で出場権を逃しうなだれる選手とのコントラストが印象的です。
最終予選でオリンピック出場権を獲得したクルーですが、帰国後東京行きまで日がないにも関わらず隔離期間により2週間のホテル缶詰エルゴ生活が始まります。この期間、選手らは毎日4時間エルゴを引き続けたとか。この練習は各部屋からzoomをつなぎ全体で行ったりもしたそうですが、最年少のDan選手のきつそうな姿と、それを優雅にお茶を飲みながら見るコーチたちのエピソードでは笑いが起こっていました。(選手目線では笑えませんが、、)
・二つの病
当時、クルーは二つの病に苦しめられていたと言います。
一つは、文字通り病、コロナです。これは深刻でしたが、どこも同様に苦しめられていました。
もう一つの病、これはひっそりと、目に見えないものの、責任のなすりつけ合い、不平不満がチームに蔓延していたことでした。
そして、その悪しき風習、文化を指摘したのがTom選手で、Shone選手の耳元でなぜメダルを取れないのか、負け続けているのかを延々と話していたそうです。
チームで年少の背の高いやつが自分の肩に手を置きながら耳元でチームの痛いところを指す、最初は「なんだこいつ」と思ったそうですが、ずっと話を聞くうちに自分たちは変わるしかない、と決心します。
一つ目は超える、超越することでした。
ほんのわずかでも勝ちへつながる可能性があるなら文句、言い訳無しで何にでも取り組むこと。
普段の練習の距離を延ばす。睡眠、マインドセットのトレーニング、栄養、何でもです。
二つ目は自分たちが中心となり、行動することで重力のように周囲を巻き込むことでした。
このようなトップレベルのクルーでも、あるいはだからこそ、淀んだ雰囲気が発生してしまうものなのかと思ったのですが、そこで窓を開け、換気してくれる人がいることで全体が変わっていくことを知れました。
チーム、監督に言われるがまま受け身でいるのではなく、選手自身が意見を持って変えていく、変わっていくことの大切さを感じました。
・クルーが目標を共有する
オリンピックの予選ではオランダに先着され敗復にまわりましたが、それまでのように犯人捜しをしたり、言い訳をする雰囲気はありませんでした。目標を見据えた行動、レースの振り返りを行い冷静に次のレースに備えました。なぜなら、彼らの目標は「金メダルをとる」に定まっていたからです。
選手の葛藤や強い想いから、クスっと笑える日常のエピソードまで、チームの背景を知ったうえで最後に決勝のレース動画を見ると、チームの関係者でもなく、現地で観戦しているわけでもないのに、「ついに彼らが勝つときが来たんだ」と感動し、鳥肌が立ちました。
私はこの動画を見る前に全日本選手権に出場し、海の森のコースに見覚えがあったのですが、オリンピック決勝レースが繰り広げられている後ろには知っている景色が広がり、あの場所で本当にオリンピックのレースがあって、そこで彼らは金メダルをとったのだと思うと興奮しました。
ちょうど今年の全日本前くらいに初めてこの動画を見て、今年はエイトでも出場予定だったので、レベルは違えど同じコース、エイトで漕ぐことがとても楽しみでやる気になったことを覚えています。
来年全日本に出場する人はぜひその前にこの動画をみて、モチベーションを高めてみてください!
動画の始め、Shaun選手は「これは決して金メダルを取った物語ではなく、金メダルへ導いた数々の”失敗”の物語」だと言っていました。プロジェクトだけで約10年、その間に成功よりはるかに多くの「失敗」を繰り返し、それでも漕ぎ続け最後にはオリンピックの金メダルにまで至ったのです。