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現存する最古の経典の一つであるダンマパダは、お釈迦様の教えの中から、真理(パーリ語でダンマ)の言葉(パダ)だけを取り出して、詩の形に統一した経典です。

漢訳では「法句経(ほっくきょう)」の名前で知られています。

 

【全文掲載】

なぜ自分は、上手くいかないのだろう。

ちゃんとやっているはずなのに、報われない。

逆に、ズルをしている人が楽しそう見える。

そんな風に感じたことはないでしょうか。

 

でも、仏教は言います。

早い遅いの差こそあれ、結果は必ず現れる。

 

人生を決めているのは、才能でも運でもなく、私達一人一人の、毎日の心のあり方と、それに伴う行動です。

今日の自分が、未来の自分を作っていく。

 

眠れない夜を過ごしている方も、生き方に迷っている方も、今日の言葉が心の灯りになりますように。

それでは、お釈迦様が説く幸せに生きるヒントを、一緒に見ていきましょう。

 

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※(  )の中の数字は、書籍『ブッダの真理(しんり)の言葉 ダンマパダ』の通し番号です。

 

眠れない人に夜は長く、疲れた人に一里の道は遠い。(60)

 

まだ悪の(むく)いが熟しない間は、悪人(あくにん)でも幸運に出会うことがある。しかし悪の(むく)いが熟した時には、悪人(あくにん)は災いに()う。

まだ善の(むく)いが熟しない間は、善人(ぜんにん)でも災いに出会うことがある。しかし善の(むく)いが熟した時には、善人(ぜんにん)は幸運に()う。(119・120)

 

愚かな人は悪いことをしても、その(むく)いが現れない間は、それを(みつ)のように思う。そうして罪の(むく)いが現れた時に苦悩を受ける。(69)

 

その(むく)いは私には来ないだろうと思って、悪を軽んじるな。水が(ひと)(しずく)ずつ(したた)り落ちるなら、水瓶(みずがめ)さえも満たされる。愚かな人は、水を(ひと)(しずく)ずつ集めるように悪を犯し、やがて災いに満たされる。

その(むく)いは私には来ないだろうと思って、善を軽んじるな。水が(ひと)(しずく)ずつ(したた)り落ちるなら、水瓶(みずがめ)さえも満たされる。気をつけている人は、水を(ひと)(しずく)ずつ集めるように善を積み、やがて幸福に満たされる。(121・122)

 

善を急げ、悪から心を遠ざけよ。善をなすのにノロノロしていたら、心は悪事を楽しむ。(116)

 

髪が白くなったから、長老になるのではない。ただ年を取っただけなら、虚しく老いぼれた人と呼ばれる。

誠実で徳があり、慈悲(じひ)があり人を害さず、つつしみがあり自らを整えて、気をつけている人こそ長老と呼ばれる。(260・261)

 

枯れ葉のように老い、死の門出(かどで)に立っていても、人々は旅の(かて)さえも持ち合わせていない。だから、心のよりどころを作れ。すみやかに努め、賢明であれ。汚れを払い罪が無くなれば、尊い場所へ至るだろう。(235・236)

 

悪口を言わず、(そこ)なわず、戒律(かいりつ)に関して己を守り、食事に関しては適当な量を知り、淋しいところに一人座して、心に関することに勤め励む。これが諸々のブッダの教えである。(185)

 

たとえ紙幣の雨を降らせても、欲望が満たされることはない。快楽の味は短くて苦痛であると知るのが賢者である。(186)

 

健康は最高の利得(りとく)であり、満足は最上の宝であり、信頼は最高の理解者であり、さとりは最上の楽しみである。(204)

 

鉄から起こったサビが、鉄自身を損なうように、悪を犯したなら、犯した罪がその人を苦しい世界へ引きずり落としてしまう。(241)

 

他人の過失(かしつ)は見やすいけれど、自分の過失(かしつ)は見づらい。人は他人の過失(かしつ)は言いふらすのに、自分の過失(かしつ)は隠してしまう。悪賢(わるがしこ)賭博師(とばくし)が、不利なサイコロの目を隠してしまうように。(252)

 

他人の過失(かしつ)を見るな。他人のしたことと、しなかったことを見るな。ただ自分のしたことと、しなかったことだけを見よ。(50)

 

全てものは心を主とし、心によって作り出される。もしも汚れた心で行動すれば、苦しみはその人につき従う。車を引く牛に車輪がついていくように。

全てものは心を主とし、心によって作り出される。もしも清らかな心で行動すれば、幸福はその人につき従う。影がその人の体から離れないように。(1・2)

 

彼は私を(ののし)った。彼は私を害した。彼は私を打ち負かした。彼は私から強奪したという思いを抱く人には、(うら)みの止むことがない。(3)

 

(うら)みのある人に(うら)みをもって(むく)いたなら、ついに(うら)みが止むことはない。(うら)みは、(うら)みを捨ててこそ止む。これは、永遠の真理(しんり)である。(5)

 

もしも思慮(しりょ)(ぶか)聡明(そうめい)で真面目な生活をしている人を伴侶(はんりょ)として得たのなら、心を落ち着けて共に歩め。しかし、もしもそのような人を得られないのなら、国を捨てた王のように一人で歩め。愚かな人を道連れにするな。一人で行く方がよい。悪いことをするな。求めるところは少なくあれ。(326・327・328・329・330)

 

老いた日まで気をつけて生きることは楽しい。善いことをしていれば、命が終わる時に楽しい。信仰が確立していることは楽しい。明らかな知恵を得て、諸々の悪事をなさないことは楽しい。(331・333)

 

舟から(むさぼ)りと怒りの水を()み出せ。自ら水を()み出したのなら、舟は軽やかに進み、やがてさとりへと辿り着くだろう。心の安定と知恵が備わった人は、すでにさとりの近くにいる。(369・372)

 

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本内容は、あくまでも現代の人に通じるよう原文の要点をまとめた私訳です。

 

少しでも関心を持って頂けたのであれば、経典に書かれている原文に目を通すことをお勧めします。

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※過去記事は、こちらにまとめてあります。