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深作修一木象嵌展

深作修一木象嵌展

2019.4.26(金)~5.26(日)

「満月と桜」

満月はその存在を中天に煌々と主張している

桜はは、月を二分するかのように美しく花を咲かせた枝を伸ばしている。

中天で絡むこの二つの破調のリズムが、この作品の特徴でもあるが最大の短所でもある

いづれのモチーフも画面を二分割してしまっている、とは言うものの

勝手な理屈はさておき、木象嵌の特徴である木目をそのまま小細工せずに、ダイナミックに生かした夜空の表現は秀逸ですね、木象嵌の原点ここにありきと言う木の声が聞こえてくる気がします。

エルンストののフロタージュを彷彿とさせます。

この夜空に桜吹雪をイメージするー

そして、月明かりに導かれた茶室の席でのほの暗い自然光での語らい、その席でいただく一服のお薄はふくよかな薄緑、そして、軸は一切の装飾を排した

「一枝の桜」ありなん

お薄の中に浮かぶ花びらのひとひらを飲み干そう・・・

表も、裏も、年輪を刻む輪の芯も「オールアバウト木象嵌」

“木っ端”の一つ一つ、それは地球の大切な生命の遺産、エコの芸術ですね。

さて、花物語にまつわる岡倉天心の名文を引用して、ご紹介します。

「桜の花について」

(略)花の中には死を誇りとするものもある

日本の桜には、風の前に自分を惜しげもなく任せるとき、たしかにそうなのだ。吉野や嵐山のかぐわしい雪崩の前に立ったことのある人なら、このことを悟ったにちがいない。瞬時、彼等は家宝に飾られた雲のように空を翻り、水晶の流れの上に乱舞する。それから、笑っている水の上を帆走し去りつつ、彼等はこういうように見える、

「さようなら、春よ!わたしたちは永遠の旅をつづけるのです」

ノアの大洪水が引いたことを知らせてくれたのは、鳩が餌を銜えてきてくれたオリーブの一枝だったという旧約聖書の物語と楽園の再生

2011年3月東日本大震災、それに伴う福島原発事故、いまだふるさとへの帰還もままならない人々の姿がテレビ画面クローズアップされるーこの2次元の世界はスイッチひとつで消せるけれど、

桜の一枝で創った翼を箱舟に取り付けて満月の光の中を俯瞰すれども、三次元の世界の未来は・・・

 

作品の一部を掲載します

素敵なペンダント、こんな小さなものにもはめ込みをきっちりきかし、独創性のあるデザイン感覚に作家の物づくりの信条をみる

文句なくそんじょそこらの安物と違うよ

お買い上げいただいた若いお客様ー黒いレースのブラウスの胸元を飾ったペンダントの葉っぱも嬉しそう-

何よりも彼女のピュアな笑顔がとてもチャーミングでしたね!

さらに、お母さんの流水模様のペンダント、曲線は手がかかるので、これもまた価値ある一品、身体の中を清らかな水が巡っている

とでしょう、お似合いでした

さて、ここで、深作氏が丁寧に作ってくださった「桜」のピース(部品)を参考に

<桜>が出来る過程をアプローチしてみよう、説明するまでもなく一目瞭然なのですがー

花びらの一枚をピースといいます、よく見ると木目の向きや色合いが異なる5片のピースが皆とても可愛くて素敵なのです

まさに息づいている命そのものの一片!そっと掌で包んであげたい

カンヴァスの木の厚さはほぼ5ミリ

あらかじめ板にデッサンし、切抜き、切り抜いた部分に隙間のないように5片を花の形に嵌め込んでいく

花も葉も枝も寸分隙間の出ないように息を殺してはめ込んでいく緊張感が伝わってくる

とくに、花の中心部分である雄蕊、雌蕊を神技的にほそーく切りとり花芯として埋め込んでいく、勿論、花粉のついた先端までも-

じーっと見入っていると、あたかもそこから花粉が舞い上がってきたようだ!

くっしゅーん

ん?、!むずむず・・・花粉症の私です、ごめんなさい・・・

 

ーかって旅した青森の仏が浦の絶景と和歌が唐突によみがえってきた

<神の技 鬼の創りし仏が浦 この世ならざる処なり  :大町桂月>

読み替えて

《神の技 鬼(修一)の創りし桜吹雪 花のもとにてわれ死なん この如月の望月のころ》 なァんて?意味不明!

いつの日か深作氏の創った爛漫の花吹雪を浴びてみたいものですね

くっしゅーん!

 

考えてみれば人間は、このまあるい地球の土の上を手を広げ飛び上がっても、逆立ちしても、万有引力、転げも落ちもせず、しかも2

足歩行で暮らしている、一本の木を人と見なすとすれば彼女の胸にストンと落ちたペンダントの葉の一枚の輝きが、一本の枝葉からさらに多くの枝葉を伸ばして大きな木に成長し、やがて、それらが美しい森として形成される礎になるであろうことを想起させる

物事を考えるには、まず森全体を見なければならない、しかし、森は一本一本の集合体である、全体か一本か、どちらを優先すべきか、口角泡を飛ばして議論した遠いいあの頃、、結論なお遠く、今もその原点に悩む、いつまでも成長しない私です。

 

「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛(写楽)」

ほんとに木象嵌なの?!髪の毛一本一本の造形に込めた深作氏のこの神業的な渾身の作品をご覧あれ!

せめてアツプ画像で眼を凝らして・・・

「鶴の舞」

蜃気楼がたっているような雪景色の原野であろうか、つがいの鶴が愛を育みながら舞っている、月の光の中で千年の変わらぬ愛を誓って・・・そんな幻想的でロマンティックな日本的イマージュのフィルターは、深作氏のもう一つの魅力ですー

 

 

 

茶室の障子の素晴らしさ!本物をお見せ出来ないのが残念・・・

 

 

 

 

 

 

クリスマスリースの注文受付

クリスマスリースの注文受付

大きさ10㎝~15㎝程度(手作りのため見本はありません)

テーマ  ★ ジングルベル

      ☆ シーブッシュのホワイトクリスマス

      お渡し12月18日 ギャラリーシュルにて

 

楽苦描展へ行ってきました

「第3回楽苦描展」

   絵画考房 石井教室

 

 

小春日和の芸術鑑賞にはうってつけのさわやかな日ー

こんな日は鑑賞する目も心も弾む!6名のメンバーによる 花・静物・風景などの油彩画4号から20号まで23点が並んでいる

ひまわりも2、3点見受けられ 同じモティーフでも作家の表現の意図、色彩、構図によってそれぞれの個性があり楽しい

特にヒマワリは7~8月に咲く夏の花の代表格で、記憶にある名画も多い

個人的な好みでそのいくつかをあげてみよう

「ヒマワリ」 

ゴッホのひまわり、言わずと知れたゴッホの代名詞のような花瓶に生けたひまわりの作品である

もうひとつの

「2本の切ったひまわり」 これは、茎を短く切った花を2本、彼らしい力強いタッチとリズム感ある色彩で描写したもので、ひまわりって“これだ”と言わしめたい野性味があふており個人的には名画に入れたい作品ですね

「ヒマワリのある田舎の庭」

アールヌーヴォーの画家クリムトのひまわり

赤、青、白などの小菊のような小さな花が緑の中に混然一体となって描かれ、その中にひときわ背の高いひまわりが描かれている、一目でそれとわかる葉と黄色の花が、揺れるともなく優雅にたゆとうているかのようである

ひまわりが中国経由で日本に伝来したのは1666年、あたかも元禄文化が花開いた時代である、美術分野では尾形光琳、菱川師宣などがあらわれ産業、経済においてもさまざまな創造性がなされ発展した時代である

この作品は、クリムト特有の金色は使用されていないが、この複雑な緑色の装飾美を元禄の屏風にディスプレイしたり、粋な小袖に散らしてみたりー

「ヒマワリとナシ」

ウーン?これはなんと?、意味不明な眼球が画面の右上部に描かれてるゴーギャンの作品

ゴッホとの共同生活の中で描いたのか、あるいはその後なのか?ジッとその見つめていると見返されている眼の表現のリアリティのなさ、平坦な筆致であるにもかかわらず、その描写の唐突さゆえに妙にその不気味な残像が脳裏に沈む

最後に

エゴン・シーレの「ひまわり」

これこそ究極のひまわりかも知れない

縦長の画面に一本のひまわり

生と死、ヴァ二タスの象徴的表現といえようか?

 

(独断と偏見で列挙した作品は、いづれも著作権の関係で作品を入力出来ないため個々にネット検索でご覧くださいませ)

 

ヒマワリの原産地は古代代インカ帝国で、歴史的背景としては、いわゆる大航海時代の先陣をきってアメリカ北西部に上陸したスペイン、ポルトガル、オランダ人などからもたらされたという、

1510年スペイン人がヒマワリの種を持ち帰りマドリードの植物園で栽培を始めたとされている(マドリード植物園はダリアやコスモスも最初に栽培されたことでも有名;ウキペディアによる)

フランスやロシアに伝わったのは100年後といわれている

 

日本への伝来は中国経由で1666年の元禄時代で「丈菊(じょうぎく)}と呼ばれていたという、確かに菊そっくりである

ひまわりもドライフラワーにしてリースの飾りにしたりするし、また、種子は、リノール酸を多く含んだ健康油脂の原料として、また、乾燥して常備食にも利用されている

ひまわりの学名も<太陽の花>日廻りと呼ばれていたという

現代の我々もその名前の由来にちなんで、ひまわりに「水の球地球」の明るい未来を託したいと願う・・・