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このブログではわけあってがんのことをぽんと表現しています。
※ここに書かれてあることは大まかなことです。絶対的なことではありません。ひとつの考え方としてご理解くださいますようお願い申し上げます。哲学も、倫理も、宗教も、占いも自分の自由を縛るようなことがあっては本末転倒です。人間は本来何者にも縛られない自由自在な存在なのですから。私はそのように考えています。ここには私がこれまで学んだことをひとつの考えとして提示しているだけですのでご了承ください。
旧約聖書 創世記
はじめに神は天と地を創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
神は「光あれ」と言われた。すると光があった。神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。
神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。神はそのおおぞらを天と名づけられた。神はまた言われた。「天の下の水はひとつの所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。神はそのかわいた地を陸と名付け、水の集まったところを海と名づけられた。神は見て良しとされた。夕となり、また朝となった。第二日である。
神はまた言われた、「地は青草と、種を持つ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。地は青草と、種類にしたがって種を持つ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木をはえさせた。神は見て、良しとされた。夕となり、また朝となった。第三日である。
神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。神はこれらを天のおおぞらに置いて、地を照らさせ、昼と夜とをつかさどらせ、光と闇を分けさせられた。神は見て、良しとされた。夕となり、また朝となった。第四日である。
神はまた言われた。「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ。」神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地に増えよ」。夕となり、また朝となった。第五日である。
神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」そのようになった。神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべてのものを種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。
神はまた言われた、「われわれのかたちにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。神は自分の形に人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女に創造された。
神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ、また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなた方に与える。これはあなたがたの食物となるであろう。また地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。神が造ったすべての物をみられたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。
こうして天と地と、その万象とが完成した。神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終わって第七日に休まれた。神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終わって休まれたからである。
これが天地創造の由来である。
カバラでは以下のような考え方をします。
木曜日生まれのあなた
神は天地を造った五日目は、大仕事をされました。木曜日は、神があらゆる鳥や魚や獣を作った日。その幸福と発展を祝福した日です。ここで、カバラでは、「鳥や魚や獣」は人間自身のことを現しているのではないかと考えました。
本能的な鋭い勘、疲れ知らずのバイタリティ、あらゆる妨害をはねのけて目的を完遂させようとするエネルギー。そういう性格や生き方、運命をもっているのが、木曜日生まれの人の特徴になります。
そこから、木曜日生まれの人は、早くから独立して自分のことは自分でやり、鋭い勘で、危険を察知し回避する。温かな家庭を作り、良い子を育て、様々な課題を克服して幸福を守る一生を送る運命になっていると考えられているのです。
神に祝福された一生なので、基本的には恵まれています。しかし、なんでも自分ですることが始まりですから、経済的には前半は不安定になりがちです。でも、苦労した分、後半は良い家庭をつくり経済的にも安定してくるようになります。
ただ、やはり、動物のように、何かから身を守らなければならないという緊張感を持っているので、自分の体や、自分以外の人の行動や言動に強い不安感を感じてしまい、安定を壊してしまうことがあります。
金曜日生まれのあなた
天地創造の六日目、神は自分たちの姿にかたどって、人間の男女を造られ、彼らを祝福されました。
金曜日は、「神々」が自分に似せて人間を作った日、人間を祝福してくれた日、人間に海や大地、動植物や家畜を治めさせることを決めた日でした。
そこから、金曜日生まれの人は、神から授けられたものがたくさんあるので、一生食いっぱぐれがない、広い豊かな土地、豊かな実り、たくさんの家畜をいただける人。
ここから、金曜日生まれの人は、財運があり、何かの保護、助けがあり、あるいは、バックについてくれる人があり、それが原因で危険にさらされることもあるが、そのときでさえ、神が守ってくれる。とう考え方にいたりしました。
また、神々に似せて造られたということから、知的で容姿も魅力的、あるいは、そうなれる素質を持っている。という考えもでてきました。
土曜日生まれのあなた
すべての作業を終えられて神が休息をとった日。それを他の日とは分けて聖別された特別な日。神が休まれた日なので人間も休まねばなりません。ここから、土曜日生まれのひとは、、根っからの休み好きであり、遊び好きだと考えました。
放っておけば、昼夜関係なく遊んでいたいし、できることなら一生遊んで暮らしたいなぁと心から思ってしまいます。仕事が嫌いなわけではなく、休みや遊びが好きなのです。
そして、聖別された日。ということから、神に特別に選ばれた。というように考えました。つまり、この日に生まれた人は、人とは違うなにか特別な事をしなければならないように運命付けられていると考えました。国の代表、自分以外の人を楽しませ、安らぎを与えるような仕事や生き方をする運命とされています。
だから、それに耐えうる素質や能力、努力を重ね、人の気持ちを掴むことができるまでの試練を乗り越えなければならないのです。
でもその努力は必ず報われ、花開くときは人もうらやむ人生となります。根っからの自由人ですが、時に人にちょっかいを出してみたくなるときもあるけれど、自分のことに干渉されるのは嫌いです。こんなことから、人間関係では悩むことが多くなります。自分を理解してもらいたいと思ってもなにしろ、特別な日の生まれなので、なかなか、他の人には理解されにくいのです。
もともと、人に楽しさや安らぎを与えることを約束された人なのですから、おおらかな気持ちで日々過ごしていってください。
以上です。
正真正銘の自分を見きわめること。そうすれば人にほめられて有頂天になることもなければ、人にけなされてくさることもない。そんなことは自分とは一切関係なくなる。
(『続々如是我聞』より)
将来のことをいたずらに思い惑わず、今日すべきことをせいいっぱいやりなさい。
(トーマス・カーライル)
人間というものは、自分の運命は自分でつくっていけるものだということを、なかなか悟らないものである。
(アンリ・ベルクソン)
幸福とは望んで得られるものではない。望むべきものでもない。それは結果として与えられるものだ。
(V・E・フランクル)
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