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長尾先生ありがとうございます。
長尾 周格
栄養学の歴史③
20世紀の初頭まで、壊血病や脚気といった病気は原因不明の病気でした。
それが1912年にカシミール・フンクのビタミンの提唱から、抗壊血病因子のビタミンCや、抗脚気因子のビタミンB1、ビタミンA、ビタミンDなど、次々と発見されていきます。
その一方で、同様に細菌感染ではない慢性疾患として、糖尿病が知られていました。
糖尿病は発症すると5年以内に死亡すると言われるほどの難病であり、非常に恐れられていました。
1901年に膵臓のランゲルハンス島の機能不全が糖尿病の原因ということが分かりました。
ランゲルハンス島の機能不全が高血糖を招き、糖尿病を発症することが分かったのです。
ドイツのバイエルをはじめ、アメリカでもファイザーやイーライリリーといった、大手製薬会社が、石油資本や石油化学産業とともに発展していました。
これら製薬会社は、安い石油から高価な医薬品を開発するべく、新薬の開発に大金をつぎ込むようになっていきました。
それだけ投資してもなお、新薬を開発することができれば、製薬会社には巨万の利益が転がってくるのでした。
製薬会社は様々な疾患の原因と治療薬の開発にいそしみ始めました。
ドイツは国策会社としてGIファルベンを立ち上げ、バイエル、ヘキスト(製薬会社)、当時世界最高の石油化学会社であるBASFを統合しました。
バイエルの科学者、ゲルハルト・ドーマクは、染料の中に、細菌だけを染めて人体の細胞は染めない染料があることに気が付きました。
当時消毒薬にはフェノールやホルマリン、次亜塩素酸ナトリウムなどがありましたが、これらはいずれも人体の細胞まで傷害してしまうため、皮膚表面や傷口の殺菌消毒には使えても、感染症で人体内で繁殖している細菌を殺すことはできませんでした。
ドーマクは、細菌だけを染色する染料に消毒薬をくっつければ、人体の細胞を傷害することなく、細菌だけを殺せるのではと思いつきました。
そこで染料に色々な消毒効果のありそうな化学物質をくっつけ、それを感染させたラットに投与し、その効果をみ始めました。
これには高度な有機化学の知識と、大量の動物実験が必要になります。
しかしながら、当時のGIファルベンにはそのどちらもが備わっていました。
そこでドーマクは、細菌だけを染める染料にスルファニルアミドを添加した薬が、優れた抗菌作用を示すことを発見します。
これが1932年に発売された世界初の合成抗菌薬、プロントジルです。
続きはまた次回ね。
長尾 周格
19時間前 ·
栄養学の歴史④
栄養学という学問自体、非常に新しいものですが、では栄養学はいつ、なぜ生まれたのでしょうか。
それは、食と病気や健康に関心が持たれるようになったからでした。
それまでは、世界中の大多数の人にとって最も大きな食に関する関心は、単にお腹いっぱい食べること、言い換えれば飢餓の不安でした。
20世紀に入り、蒸気船や蒸気機関車が生み出され、物流が劇的に進化しました。
冷凍・冷蔵技術も進歩して、新鮮な肉や魚介類、卵、乳製品などが広く流通するようになりました。
その一方で、ソーダ飲料の普及など、砂糖の消費量もまた、劇的に増加しました。
肉や魚介類など、動物性食品が安価で大量に流通するようになると、人々の栄養状態が向上し、平均寿命がどんどんと延びていきました。
しかしその一方で、砂糖の消費量の増加は肥満、高血圧、糖尿病、心疾患、脳血管障害、感染症の増加などなど、様々な病気を社会に蔓延させることとなりました。
石油化学産業と結びついた製薬会社は、大量の資金をつぎ込んで基礎実験や動物実験、臨床試験などを行い、様々な病気の原因やその治療法を開発していきました。
前回述べた各種ビタミンの発見などは、この製薬会社の研究によって発見されたものです。
製薬会社は食物中の様々な栄養素の消化、吸収、体内での代謝、エネルギー産生などなど、様々なノウハウを蓄積していきました。
当時栄養学という学問は存在しませんでしたが、栄養学の基礎となる知識をどこよりも蓄積していたのは、製薬会社でした。
製薬会社はボランティアで食の研究を行っていたのでしょうか?
いえいえ、そんなわけがありません。
製薬会社が莫大な資金をつぎ込んだのは、それ以上の大きな利益を得るためであるのは当然でしょう。
製薬会社の研究の中で、脚気の原因や壊血病の原因、糖尿病の原因などが次々と発見されていきました。
そして1901年に糖尿病の原因が膵臓のランゲルハンス島の機能不全であることが分かり、インスリンが発見され、1922年にイーライリリー社は糖尿病治療薬としてインスリン製剤「アイレチン」を発売します。
これが世界的大ヒット商品となり、イーライリリー社はビッグファーマへの道を進んでいくことになります。
ところがイーライリリー社のアイレチンを医師が処方する際、低血糖がしばしば引き起こされました。
というのも当時の医師の糖尿病治療における食事指導は、1916年の「ジョスリン糖尿病学」によれば、炭水化物の摂取を20%に抑えることとされていたからです。
そのため中時間作用型や長時間作用型のインスリン製剤が開発されるとともに、食事指導をも変更する必要が生じました。
すなわち、高糖質の食事を摂り、インスリンで血糖値をコントロールするという発想です。
つづく
以上
ここまで読んでくださってありがとうございました。![]()
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