SUPRAさんのジョギング奮闘日記 -2ページ目

SUPRAさんのジョギング奮闘日記

横浜市内某所にて細々と司法書士事務所を営む男性ランナーです。本業の傍らサブスリー(夢?)を目指し日々奮闘中です。年間20程度の大会参加(ハーフ・フル・駅伝)を予定しています。2011年10月からランニングクラブにも入会しマラソンに対する本気度を高めました。



念願のハセツネに参加してきました音譜





捻挫をして3週間安静にしてそれからランの練習を数回行い距離を伸ばしてなんとかフルのレースは完走できました。
トレイルはまったく練習できず(元々ぶっつけ本番的なレース参加ですが)、付け焼刃的に4日前に使用するザックを背負い丹沢を登っただけでした。
コースの試走もしていないので全然イメージが掴めず(昨年のハセツネボランティアで浅間峠から西原峠までは歩きました。)しかも夜ぶっ通しのトレランレースも初めてでしたのでかなり不安でした。

スタートの整列後右前方を見るとムックさんがいました。
スタート後挨拶ししばらく一緒に走りました。
しかし、緩い下りでは足首は大丈夫なんですがきつい傾斜になると足首が痛むのでどんどん引き離されてしまいあっという間にお別れでした(>_<)

練習不足がたたりジョグ程度のスピードでも汗ダラダラ、そして給水(合計2.5l)・給食(おにぎり3個・カレーパン・ジェル系3個・柿P小袋2)・着替え(半袖&長袖)・レインウェア・ベスト・スマホ(蓄電池)、ヘッドライト・ハンドライト・予備電池・テーピング・消毒薬・消炎剤…を詰め込んだザック約5㎏を背負い走ると早々に腰痛が現れ背負う練習もしておかないとだめだなと実感しました。
時折着地場所が悪く足首を軽く捻ってドキッとすることがありましたが、大事には至らずすみましたあせる

15km付近で汗で体が冷え寒く夕暮れが近いので、おにぎり1個食べ長袖に着替えさらにベストとヘッドライトを着用しました星空
真夜中ごろ霧が出て、たまに雨粒が落ちてくるのでベストからレインウェアに着替えました。

すると両腕も外気から遮断され温かさが全然違いましたメラメラ

レースも終盤になり急な下りが増えこの頃は足首に痛みが出なくなりましたが左足の親指が痛み出し指で踏ん張ることができなくなりました。

レース後爪を見ると爪全体が内出血しているので右の爪同様死んでしまうと思います(>_<)

第3関門を通過し18時間切れるかなと思いましたが、そこそこの下りではスピードを出し走れなくなってしまいましたので途中で断念しました。

ここ2戦のトレイルレースでDNFが続いていましたのでその負の連鎖は断ち切りたかったのでゴールが迫った市街地に入り安堵感からうっすら涙が出ましたグッド!


第1関門 5時間29分45秒(22.66km) おにぎり1個を食べ5分休憩
第2関門 11時間3分32秒(42.09km) カレーパンを食べ長めに30分程度休憩(写真2,3)
第3関門 16時間3分41秒(58.00km) 何もなくスルー



第2関門 みんなお疲れモード・・・


タイムは全然よくないけど・・・

ゴール 18時間15分52秒!!


あー疲れました。

両足は疲労でボロボロガーン


レース終了後は、練習不足のせいで両足の太もも&ふくらはぎが先週のフルマラソンの比ではなく半端ない筋肉痛です(^-^;
ぎこちない歩き方に戻ってしまいましたショック!

家に帰り、前日から30時間寝ていなかったので眠くてコンタクトを外し、歯を磨き洗濯はせずに即爆睡しましたzzz

捻挫後復帰第1戦☆






捻挫はまだまだ完治とは言えない状態ですが、なんとか走ることができるようになり、距離の不安はありましたが無事完走することができました。

スタート前真ん中あたりにぬまっち、じまこと3人で並びゆっくりスタートし20Kあたりまでは5:50/K位のペースで一緒に走りました。

しかし、その後ぬまっちの姿は見えなくなり何か起きたかと心配しましたが、唯一すれ違えるところで発見することができ話を聞くとトイレに寄ったそうで一安心でした。
しかし、事件はその後起きていたようです。

人のことを心配する余裕はなく30Kの関門は3時間をほんの少し切るくらいで通過しました。

それから先は6:30/Kに落ち、さらに7:00/Kまで落ち込みながらも足首は持ちこたえました。

練習不足による両足の疲労は現れ最後の7Kくらいはホントに辛くて歩きそうになりました。

今回一人ぼっちではなかったので頑張ることができ、苦しみながらもゴールに辿り着くことができました。

鮭丸ごと1本と+αの乳製品をゲットでき今回のレースは任務完了ですクラッカー

道中、人里を離れ牧場風景ばかりでしたがたまにある沿道応援では元気をいただきました。
例年に比べ放牧された牛さんは少なかったようで自分でもあまりいなかった印象です。

この3日間で牛乳をたっぷり飲みました。
ますます骨が強くなったかもしれませんニコニコ


その他今回遠征で美味しいものをたくさん食べることができました音譜






5月半ばに交通事故に遭い2週間入院ガーン、6~7月はほぼ運動禁止で体力は著しく低下ダウンようやく7月末のCT検査で肝臓は問題なしになったので運動を開始し、あっという間に復帰戦となりましたが、容赦のないコースに敗北しましたあせる

全長で63km、累積標高差4700mでしたがその数字以上にとてつもなくきついコースでした(>_<)




4時スタートで、ライト装着しレース直前も雨が降っていたので初のレインウェア着用のスタートになりました。そんなに寒さは感じませんでした。



今回は完走が目的でしたのであまり焦らず進むことを心掛けました。




コースはコースマップの通り平坦なところが少なく元々標高も高いところなので早々からハアハアしました。
下りは田んぼのような泥んこの中を滑り台のように滑っていかないとすぐこけてしまいそうなところばかりで苦労しました。
前後の傾斜だけでなく平らでも右横方向に傾いていてドロドロの斜面なのですぐコースアウトしそうなところが多くて気が休まるところがかなり少なかったです。

最初体の違和感を感じたのは登るときに左足首が引っかかる感じがあり、ゆっくりいかないとひどくなるなと思いました。

その後、下りが増えるとこける頻度が増え、思いっきりこけて右足が変な方向に曲がる転倒を2回して、1回目で骨折を心配しましたが足を動かしたらなんとか動くので捻挫と思い慎重に進んでいるつもりでしたが、しばらくしてまた同じように転倒し自分のレースはここで終わり、第一エイドに自力で到達することを目指し足を引きずりながら進みました。

2回目の転倒後、優しい千葉から参加の男性ランナーに塗り薬とテーピングを施していただけたので多少歩きやすくなりました。
感謝です!!

どんどん抜かれ、抜かれる人もいなくなりエイドに着いた時は後方には20人位しかいないようでした。

エイドが見えたときはほっとしました音譜

エイドに着いてからは最終ランナーを待って収容バスは出発でしたので川辺の温泉に行き川で全身泥まみれの体とウエア、シューズ等を洗い自然に湧き出す温泉温泉に浸かりました



右側が温泉でその間の砂地をスコップで掘ると温泉が湧いてきて川の水と混ぜて適温にします。



第一エイドは25.8Kという距離でしたがなんと関門の9時間を超え10時間51分もかかり足を負傷したとはいえ、ウルトラマラソンも含めても今までのレースで一番長い時間を要しました。


ナンバーカードは泥で真っ黒、川で洗い流してそこそこきれいになりましたが、それでも今までで一番真っ黒です。





トップ選手は信じられない速さで9時間28分台でゴールしたようです。

翌朝は捻挫と両足、両腕がひどい筋肉痛で布団から起き上がるのも一苦労。
歩くのも足を引きずらないと歩けない状態になりました。



骨折していなくてホントよかったぁ(^▽^;)

しばらくまた休養です。

きついコースに興味のある方は↓
[http://www.nature-scene.net/shiga_ex/news/map.pdf/

サロマ湖ウルトラマラソンに行ってきました飛行機


といっても、走ったのではなく応援です旗

交通事故の影響で7月末まではドクターストップガーン


今年は金曜夕方発の旭川~紋別観光~湧別町の受付(100kmスタート会場)~コース下見~網走泊~ゴール会場~レース応援~北見宿泊~帯広観光~帯広空港~羽田の行程でした。


まずは旭川で夕食のジンギスカンを食べましたニコニコ



土曜日は紋別市の味処あづまで昼食(カニ海鮮丼2000円)を食べて、オホーツクタワーを見学し、カニ爪オブジェを見ました目





網走で夕食を食べ、ホテルのカレーサービスも食べ翌日に備え早めの就寝ぐぅぐぅ


2時過ぎにホテルを出発し、ゴール会場の常呂へ車


送迎バスでスタート地点に向かう仲間7人を見送って、一人しばし待機して応援スポットへ移動


時間がたっぷりあるのでサロマ湖展望台に行きサロマ湖を一望晴れ

早朝で湖面に光る太陽が眩しかったです





最初の応援スポットは国道に曲がるコーナーで約33㎞地点

ここでトップ選手が来るまで2時間近く待ちました。



1位はぶっちぎりで独走、結局そのまま逃げ切ったようです



NHKのランスマ企画でタレントの仲村優ちゃんも初参加音譜

結局6カ所で優ちゃんを応援することができました!!


この日はとても暑く晴れ汗汗

約11時間応援しっぱなしだったので走っていなくても応援だけでくたくたでしたしょぼん


この途中で、もらったキャラメルを舐めたら詰め物がと取れてしまったハプニングありショック!




月曜日の移動の途中で寄った足寄町の道の駅で売っていたラワンふきです目

身長並の長さで5kg、10kgの販売で唖然としました。




帯広に行き、はげ天本店で豚丼を食べました。

肉が柔らかくてうまかったです。




続いて、六花亭本店喫茶室でプリンとサクサクパイを食べました。





旧幸福駅を見学。




最後に花畑牧場を見学





帯広空港から無事羽田に戻り2泊3日の旅行は終えました


来年は走るためにまたサロマに行って来ます音譜

5月18日(日)にロードバイク自転車で練習会に向かう途中に反対車線から右折してきた車に激突し事故に遭い、初の救急車に患者として乗りました病院


衝突時にハンドルで腹部を強打し痛みがありましたが、意識はあるので打撲程度の軽傷かなと思っていました。

しかし、造影剤を使用してのCT検査も初体験でその検査結果が肝臓が危険な状態ということで1カ所目の病院から2か所目の病院にドクター同行でそのすぐさま救急搬送されました病院


初日はドラマで見たことのあるような救命救急センターで心電図モニターと点滴をつながれ寂しく不安な一晩を過ごしましたガーン


2日目からは一般病棟との中間というEIUという病棟に移りました。
病院の東側がよく見える大きな窓がある病床で暇なときは外を眺めることができました。
しかし、大きな窓のため夜中は冷え込んだり、日が昇ると明るくて目が覚め毎日5時前後には目が覚めました。
5人部屋でしたが入れ替わりが激しく13日ここにいる間に目まぐるしく患者が来ては退院したり一般病棟に異動していきましたが、自分は結局一般病棟に移らないままこの病床で退院を迎えました。
4日間絶食で点滴のみの生活を送りました。
1日4パック2リットルの点滴でした。
5日目にようやく五分粥食を食べることができるようになり、6日目からは常食になりました。
4日間はトイレに行くことも許されずかなり不便でした。





かなり退屈な日々でしたが体を休めることができ、読書しまくる生活を送ることができました。

一生交通事故など遭うことはことはないだろうと思っていましたが今回当事者になり誰でもあり得ることを痛感しました。

車も、自転車も、歩行するときもどんな状況でも油断せず気を付けないといけませんね。

2週間寝たきりで体重もかなり減るかなと思いましたが、今日ジムに行き家の体脂肪計よりも精度の高そうな体脂肪計で計測したら体重は入院前と比較し約1.5㎏減、体脂肪は据え置きというガッカリな結果でした。
ということはあまり筋力は衰えていないかもという淡い期待があります。


6月19日に外来で検査を受けますので今後の運動についてはその結果を見て判断しましょうということになりました。
お酒は1日一缶ならいいと言われました(^-^)
しばらくは長生きするため?軽い晩酌程度の量しか飲まない予定です。


ご心配をおかけしましたが、ようやく元の生活に戻ることができました。

温かい応援メッセージ&お見舞いにお越しいただいた皆様ありがとうございました。