数日前夜寝たあと意識を失いまして
幸いにも意識が戻るも昼過ぎ!
ベッドに寝たはずが床に這いつくばっておりました(^^;;
立ち上がれない、意識朦朧・・・
救急車を呼ぶにも電話の場所が分からない!
ほふく前進で這いつくばり、電話の置いてある棚を発見。
棚の上に手が届かず、棚を倒して電話を見つける次第。
要は部屋はグチャグチャ
服を掛けるラックもブッ倒れていてホント~に部屋はグチャグチャ

救急車呼んでもろれつも回らず住所だけは何とか。
うちのマンションはオートロック。
管理人さんに開けていただいたらしく、部屋のインターホンが鳴る。
インターホン取れない!!!
部屋から叫んで「いますよ~立ち上がれないです~」
救急隊の方「部屋のドアを壊さなければいけないのでどうにか開けてください」
ほふく前進で壁につたってやっと鍵を開け・・・ダウン。
担架にも乗れず救急隊の方に担いでいただきました。
っていう記憶はあるんですけどね~動けないんですよね~。

そのまま病院搬送。
夕方親が迎えに来るまでどっぷり寝て
やっと立ち上がれる状態で、親の車、後部座席で横になり帰宅。
途中でご飯とジュースとパン買って、とお願い。
業務スーパー寄ってもらって、私は後部座席でダウン中
親、スーパーにいそいそと。

今日昼までダウンは続き、頭いた~い身体いた~い・・・
さっきやっとシャワー浴びたら、傷はあるは頭の表面は打ったらしくて痛いは
勿論頭痛薬飲まないと頭の中も痛い
身体も所々、ベッドから落ちたとき、這いつくばってた時に打ったんでしょうね。

今やっとPCに向かってブログ書いてますが
長く立ってるとイマイチの調子。
明日も一日休んで月曜は東洋館に久しぶりに行きたいなぁ・・・。

ってあ~身体中いたい!

ん?何この内容。
数日死んでたので・・・これではまだ、仕事出来ないね(>_<)
月いち投稿の時
暑い日々、皆さん元気に過ごされてますか?
というかワタクシ…
生涯最悪の夏の体調ですかね?

先月中旬、家賃を下げるため引越を余儀無くされ
移るはいいが問題だらけ!
部屋の設備自体にね(^^;
修復のために人を呼んだりそのための連絡やら約束やら
はたはたそれだけで疲れております。
「お家賃安価な所に住むのってこういうことなのね…」
人生勉強をこの歳になってしております。

体調の悪さや血圧の下がりようはSNSなどでも出していますが
血圧降下しはじめて初の本格的な暑さ
そして8月初旬には誕生日も迎え歳も増し
前述の通り生涯最悪の夏を迎えております、ハイ。

元気な装いが得意技ですので
プラスなぜだか人がいると元気になれる!
私の廻りにいていただける人たちこそが私の活力源なのです。
そんな私も今年の夏だけは…まぁ酷いものでした。
一応無職の障害者ですので
今現在役所の方にお世話になっているのですが
ハローワークやら役所やらに行く約束をせねばならず
早いお時間から夕方までの、私が一番調子が悪い時間帯になってしまうんですよね。
これは仕方がない。
ですから体調不良で申し訳ないながらにキャンセルさせていただくことが多くて。
友人との約束さえも行けない有り様ですから、私としてはいたしかたない。
はず!
というのはそんなこと、役所さんは聞いてくれないのですよ( ´_ゝ`)
飲まず食わずでベッドに夕方まで横たわっている状態を説明しても
具合の悪さをいくら説明しても
医師の証明がないかぎりは聞かない…それがお役所仕事ってやつなんですかね?

本日もハローワークへの出向の日だったのですが動けず!
役所の担当者さん(若い女性の方です)にお電話でお話し、事情を説明したのですが
あまりのさげすまれ方に涙が出ました。
身体が言うことをきかず、やりたいことも出来ないもどかしさ
廻りにも迷惑をかけてしまう情けなさや悔しさ
そりゃあ泣けてきます゜゜(´O`)°゜

これは先生の証明を書面ででもいただかないとダメだ!
20年近くお世話になっている仲良しの先生に電話
それまでの事情を話させていただきました。
実は近々金曜日が診察日なのですが
その時に診断書でもお手紙ででもいいので一筆いただけないかと頼んだところ
流石古い付き合いで私の病状をずっと診てきた先生
即OKいただきました。
これで何とか…なって欲しい!本気で思います。


そうなんです、春から仕事してないんですよねぇ…
体調も、夏までは就職活動も出来てたんですよねぇ…
今は日常生活もろくに送れない!
ホント酷いものですよ。
大好きな寄席にも7月は一度だけ。
今月なんて一度も行けなかったんですから!
去年から今年にかけ、あれ?と思いながらも無理に立ち上がったら
転倒したこと数回。
傷跡が治りにくくなる年齢なのに、顔やら腕、脚に傷!
出血までしてましたから(^^ゞ
だからこそこの夏、というか最近は
朝おかしいと思ったら動かない!休む!
決めたのですよm(._.)m

と、同情を引くようなことを書いておりますが特にそうではなく
産まれた環境から家庭環境、生活環境
人と違ったダメな部分もありますが、恵まれていることも沢山ありました。
たった一つ持ち得たこの身体とそれに付随している数々の病気
受け入れ感謝し、めちゃくちゃで何度死んでいてもおかしくない今も
今現在生きていることを幸せに思いたいのです。
いや、誰より思っている自信はある!

そしてこれからも何があっても生き長らえたい。
人に触れ、活力を貰い続けたい。
そして私と関わりを持っていただける方々に
嬉しさを、悦びを、楽しさを少しでも感じてもらえたら…。

若い時分は誰かと歩む生き方や
誰かを想って、信じて分かろうとする人生を女の最大の幸せだと思っていましたけれど
もうこの年齢…オンナからははみ出しはじめてますからねぇ(^^;
人間としての幸せを考えないといけない時期なんでしょう。






なぁんて言いながら!
やっぱりオンナとしての幸せにも、やっぱりちょっと憧れがある中年女子でございます( ̄▽ ̄;)ノ~~ ♪
しばらくぶりになってしまいました。
皆さんお元気でしたか?
私は…何とか元気(?)にやっております。

先程テレビ朝日系で『ママが生きた証』という
妊娠発覚後乳ガンが見つかり、見つかった時には転移もしており
ステージ4の状態だった女性、というよりその家族の物語をやっていました。
勿論見たのですが…ずっと泪が出ていました。
彼女は出産後9ヶ月で亡くなったんだそうで
要は9ヶ月間は「ママ」として生きていられたのです。
彼女は自分の最期の時を察知したのか、大きくなった息子宛にとビデオレターを撮っていました。

「生まれてきてくれてありがとう。
あなたこそが、私の生きた証です」

そう結んでいました。

実話だそうで、昼間のテレビ番組で実際の旦那様と
大きくなった(2歳くらい)の男の子がインタビューを受けていました。



私は確かにガンのように命に関わる病気なわけではないけれど
数々の病を経験し、今も継続している最中。
治療と薬と、その薬によって落ちている免疫のために感染や怪我には気を付け
人一倍の配慮とそのための対処法を誰より認識してきたつもりでいます。
病気の勉強、そのための食事の勉強、薬の勉強、合併症、薬の副作用の勉強
医師に負けないくらいにしました。
私はどうも一般的な症状や状態に陥ることは病前の時だけで
病後の症状や身体の中は
珍しいとか学会レベルだとかそんなことばかりを言われ続けています。
それにプラスして一般的なものも起こるから面倒くさいわけですが…。

《↓ここから文面変わります》

今回のドラマを見ていて私が思ったこと
自分にとっての『生きた証』って何だろう?

病気のことを人一倍勉強し、ヘタな医師や看護士なんかより知識が豊富になれたこと?
病気の知識に反して病気を悪化させ
左目は失明、全身の自律神経はグチャグチャ、腎臓は腎不全から透析治療
その後長く透析が続けられない身体だと警告され
生きるためにと腎臓移植に踏み切ったこと?
医師から「移植以外に長く生きる道はない」と言われ
「生きたい!」と信じられないくらいの勢いで思い、自然と泪を出したこと?
腎移植後5年半、15歳から持ち続ける病気完治のため
移植した腎臓を守るため、残った右目を守るため
要はこの先も生きていくため、再度の臓器移植(すい臓)を決断したこと?

何か全てが違う気がしてしまう。

熱っぽい、臭いことを言うかもしれないけれど
『生きた証』とは、見たドラマでも
何かを、誰かを愛したこと、そして愛されたことのような気がする。
いつだかあるアーティストさんが言っていた
「この人に逢うために生まれてきたんだ、この人のためになら何でも出来る
一瞬でもそう思えただけで生まれてきた意味があるんだよ」と。

私の個人的見解なので間違っているのかもしれない。
でも、私ごときのちっぽけな、何もしてこれなかった人間には
それこそが唯一『生きた証』になる気がする。
身体のことがあって、万人に悦んでもらったり何かをしてあげることは出来ない。
そうすることで沢山の人達に愛されて亡くなることは、哀しいながらない。

私はいつも自分についてマイナスな考え方をしているように思われたり
“独り”といつも言っていると言われたりする。
でも、私の文章力がないからか
伝え切れるほどの内容を書く事が、表現することが出来ないからか
人から言われることに対して、いつも私は失礼ながら「意味違うよ」
思わざるを得ない。

マイナスなのではない、現実を、事実を受け止め受け入れているだけ。
『独り』は一般的に言う『独り』と意味が違い過ぎる。
物理的なんて関係ない
『心の独り』で云十年生きてきたのですよ、どんな時だって。
要は「この人がいなければ!」想われた、心の充実なく生きてきたってこと。

私は、というより人なんて弱いもの。
でも私はそれを自覚している、ダメさを認識している。
そこから生まれる強さがなければ
心も、また物理的にも独りきりでこのハチャメチャな人生を生きてこれなかった。

ドラマ中にも思っていたこと
一般的にどんな状況にも、辛い状態にも傍に誰かがいる。
物理的にも、何より心の中に。
それだけで淋しさはないと、私は思う。
それによって自分が持つ力以上のものが出てくると思う。
生気や意欲、勇気も然り。
それがない、結構長く生きてきたにもかかわらず未だにそれが微塵もない
それが私という人間。


自分が、置かれた環境、状況によってどんな時も『独り』なのは
きっと自分自身に与えられた罰。
病気になってしまったことは運命。
それがあったからだと
人のために、沢山の人のために何も出来なかったんだと言いたくはない。
結果愛することも(これはあった!)愛されることもない人生になってしまった
(あ、過去形にしてしまった)
のは何はなくともどうしようもない自分自身への罰でしかない。

これからまた、近い将来命を懸けてすい臓移植の手術をしに行く。
また療養期間や身体に対してケアする部分が増えるでしょう。

ずっと独りの覚悟は出来ている。
『生きた証』は残せない、きっと。

ただ、『生きた証』とまではいかなくても
もしもこの先の人生が長くないのであれば、長くなれたにせよ
   少しでも多くの人の悦ぶ顔が見たい
   関わる人たちの笑った姿が見たい、楽しそうにしているところが見たい
   心からの「ありがとう」が聞けるようなことがしたい。



命懸けの手術でも、絶対帰ってきますけどね!誰が何と言おうと!
ここ、ひと月一度ペース、戻りましたね(^^;

無職だと何だかんだと忙しくしている割に無駄な時に時間有り。
要は考える独りの時間が増えるわけです。
引越し目前な事も有り
PCに収めてあるお写真やデジカメで撮った動画たちを久しぶりに見たりして
全部ここ数年の話なのに懐かしいような微笑ましい光景多々。
微笑ましいと同時に当初の楽しさを思って泪が浮かんできたりもして。
人間ってその時々で取り巻く環境や状況、廻りにいてくれる人さえも代わり
そしてその時に感じている楽しみや悦び、幸せ感もその時にしかない。
写真はその瞬間を残してくれるかけがえのない品物。
自分の歴史、そこに。

時代も変わり、音楽もPCに残していたりやたら小さいデジタル機器に残す昨今。
中学生のころから音楽狂いだったのでその頃からのものも入っており
何千曲も。
それも聴いて泪が出る。
↑相変わらず涙腺弱し!

物も減らそうとオークションで家具を売ったりしているけれど
実家から服という服を全部持ってきている手前
(“実家”という場所=家とは決裂しているので)
服が多いって!
親、兄とは仲良く(?)しているので何ともないけれど
まぁ家庭環境相変わらず色々とあるので(^O^;
服も売るかなぁ?

話が逸れてる!
そう、暗いんですよ、事実自分の中が。
人の嫌な部分がそういう時ほど見えてしまうわけでして(>_<)
でも思う、人の嫌さが目に付くほど自分自身が嫌なヤツなんだと。
嫌さが目についても確かにその人に対してイライラしたりはしないけれど
それが気になる自分のダメさに落ちてしまう日常。

何か書いて書いて、納得して考えて思い知って…ってやってますね?
ま、自由か、ブログなんて!そんなに読んでる人もいないでしょうから(*_*)

独りになる時間が増えるでしょ?考えるでしょ?
進む気持ちが衰えるでしょ?体調も思わしくないでしょ?
元気にしてくれる人もいないでしょ?
何やってたんでしょうねぇ?今まで結構長い人生全般(。-_-。)

いきなりなんですが、二年ほど前に本気で想って思い知ったこと
そんなことをつくづく思い返したりもしていて
現実は語れないほど厳しく淋しく辛いものだという事実。
本当に本気で心底願って、他力本願で神様にお願いしても
現実は思い通りにはいかない。
人は人ありきだから
人の中身、気持ち、心ありきだから
どんな場合も己自身とその気持ちが独りよがりであるが故に放り投げられる。
人を想うことだけの話ではなく、
ああしたいこうしたい、ああなりたいこうなりたい…
願いは全て自分の愚かさ、弱さによって負けてしまう。

って何やってんだ?と自分に問いただしている最中なので
しばらくしたら自分で何かを見出して前進していく…と思います。
今は精神が安定していないので
傍に誰ひとりいないので自分で自分、どうにかしてます。

やっぱり家族って大切…
それは親、兄弟姉妹、夫婦、子供…
私に縁遠いもの
もしくは永久にないもの、か…。

大丈夫かな?こんなので命懸けの手術できるんかな?
まぁ前回も独りきりで受けたから
時間の中で生きる術を自ら見つけていくでしょう。
そう、現実って本当に残酷だし独りなものだから
結局誰もいないものですよ!人生(゚o゚;;
自分を奮い立たせる努力がないと、私みたいなヤツは生きていかれないし!

もうちょっと…もうちょっとしたら前に進んでますよ、独りでね。
暗くてスミマセンでした~
月イチとか言っていて
何?この頻度は(ーー;)

無職で、体調も一日中悪いのとは違うのでお暇なのですよ。
深夜ラジオを聞きながら、暇だと浮かんでしまうマイナス思考。
私はいつも、というより子供の時から何かあると文章をしたため
そのうちに答えを文面の中から、自分の中から見出し納めて来た。

今日もそうなるかなぁ?

弱気な自分ここにあり。

自分で自分の真が視えていないことが歯がゆい。
自分で自分の不安定さ(内面も外見も)が沸々と湧き上がるのを感じ
どうしようも解決出来ないと思いながらも
己がしっかりすべきなだけなことに気づく。

私は生きている。
生きて、考え、感じ、思い、想い、受け止め、放出し
落ち、泣き、嬉しくなり、悦び、笑い・・・
そう出来ていることに幸せを感じ
泪が出る感情に感謝し
何より笑えること、笑わせてもらえることに悦びを感じ
生きていること、生きられていることを幸福に思う。


「心の底から泣きたい」「哀しさや淋しさを放出したい」


そんな言葉が独りの時に浮かぶのは
自分自身が独りなことを
揺るぎない事実を受け入れられていないからだ…ろう。
受け入れるためには受け止めなければならない。
自問自答して今日も終わるのか。

弱さもダメさも受け止めて
吸収出来るようにいたい。
生きているんでしょ?
廻りには感じさせない己の弱さを強さに替えたい。
そして自分が感じている嬉しさや悦びを
廻りの方に感じてもらえるよう笑っていたい。

己の存在は人有りき

明日からもちゃんと生きてこ。
寝る前にラジオを聞きながら
書きたいことが出来たので、書く。

突然ですが、長らく独り身を通してまいりまして
って好きな方はいましたよ、この間も。
勘違いもあったり恋する自分に恋して勘違いのこともあったり
本当に本気で人を想ったこともありました。
何てったって約10年ですから!

ですがね、年も年になり中身にも外見にもマイナスしかなくなった今
自分から人を想う権利はないかと…ね。
要はですね、何を夜中に決めたか
想われる悦びを味わいたい…という叶わぬ欲求が沸々と…なのです。
いやいや、ただ軽く「いいかな」程度ではなく
心の芯から想ってくれる物好きを待ちたいと。
そんなおバカさんが現れたら人一倍真剣になります(^^;
一生現れないことは百も承知だけれど
こんな有り得ないことでも言ってないと今の不安定な精神状態が落ち着かんのです。

私のブログなんてのも、さほどの方が覗いているわけではないと思うので
結構自分にとって重要なことを書きましたが
独り言、です。

独り言でも有言実行で!

そしてわずかでも読んでいただけた方々
くだらない内容失礼m(._.)m
そしてありがとうございました。




Android携帯からの投稿
最近のブログ
月イチになってます(^^;
その方が大事なことがきちんと書けるような
「なんとなく」で書く事がなくなるような
真面目に書こうと内容を考えるような…
プラスな考え方で今月のここ。

あまりよくないことから書き始めますと
今年に入ってから近い将来に待っている膵臓移植のため
…?去年8月にホテル辞めてからでしたねぇ(^^;;
去年も後半愛知に移植前の検査で何週間か入院したため
その頃からきちんと就職しておりませんでしたm(_ _)m
体調もイマイチ(血圧降下著しく+貧血って!)
去年は後半半年お休み期間でした。
今年に入り、前述の通り移植準備
というのはさほどの長い期間待たずともその時がやってくるため
きっちり就職~で体調思わしくない感覚で働くことも(休みがちになりますので)
移植が決まり、また一、二年の間働けず外出控える期間となっては会社様に申し訳なく
そんなこんなで今年に入ってからは
派遣社員として短期で就業していこうと思っていたわけで。
2月終わりまではなんとか働けておりました。
3月に入り流行りの胃腸炎に犯され
先月は何と救急入院三度!家には10日もいない状態。
案の定短期の派遣も契約解除=クビになり
身体の調子を診ながらバイト的なことをしながら様子を見ようと
4月入ってからお仕事探しております。

その他決断すべきことも決断し動いている次第(ここには詳細記載不可)
あまり自由には動けませんが
腎臓移植して自ずと苦しい時もありましたが
何とか5年以上生きられていること
今年中~来年のうちに再度の臓器移植で
膵臓も新しいものが自分の身体に入るということ
それによってより苦しくなることも勿論認識しながらも
やはり今後も生きる!決めたことに恥じないよう
いつの間にやら年を重ねた自分を奮い立たせていこうと思っております。

万人に言えることですが
生きるって大変なこと…
健康って凄いこと…

自分にとって何が一番幸せ?何をしている時が至福?
きちんと考えたい。
じゃないと生きたい!猛烈に思った時々に
そして自分自身に申し訳ないから。

ど~うも自分云々より人が幸せ(^^)
の方に喜びを感じてしまう変わり者らしいので
ってこんなこと父上に言ったらブっ飛ばされますが(^^;
まぁ私自身の人生ですから身体と相談しながら
自分にとっても味方を見極めてその方々のために生きたいです。
↑大げさだ!先ずは自分のために…だ~!

最近自分に迷い
人の力を猛烈に感してしまう。

でもこれが真実
自分なんてち~っぽけで何も出来ない点に過ぎないけれど
その点の力を必要としてくれる方たちを
そんな人たちの目標を力を頑張る姿を何より大切にしていきたい。
人がやれることは出来ないけれど
それが私にとっての誠であるし生き方だから…。

さ、明日も頑張ってフツーに生きよ!
今年ももう3月…も終わろうとしているわけですが
この時期、去年からはじまった楽しみな行事がありまして
今年も楽しみにしておりました。
毎年この時期、っと言ってもまだ二度目なんですが
私が敬愛する漫才協会の芸人さん何名かの方たちと
私ども賛助会員との一泊二日の旅行会。
今年も師匠方と話し込めると楽しみにしていたのに…。

今月に入り、派遣の仕事がはじまると同時に起こった胃腸炎。
実は未だに引きずっており、入院中。
はじまったばかりの派遣もまんまとクビ
そりゃあ短期プロジェクトのメンバーでしたから
スタートにいなければ用なしも当たり前。
入院期間初期、病院の指示に従わず仕事の連絡優先にし
勝手に退院したこともありましたが
それも無駄なあがき
結果『クビ』にございます。
まんまと三度目の入院(この短い期間で三回目!)
ゆっくり療養出来ております。

前日月と旅行会であったため、先週中には完全回復!
目論んでおりましてか、元々いくつもの持病を抱えた身体障害者のワタクシ
願い叶わず
旅行会に行くことが出来ませんでした。
余談ですが、漫才協会の方たちは皆さんお優しくていい方。
特に何もせず、笑いこけるだけのいち客人の私にも皆さんよくしてくださる。
他の賛助会員の方たちも然り。
私は舞台上で人を楽しませ、悦ばせる方が羨ましく、尊敬し好きなだけ。
それを分かって応援している賛助会員の方たちの笑顔も大好き。
ただただ、ほんの少しのきっかけからの繋がりで
今こうして単なるいち応援者として浅草に通えること…
本当にいつもありがとうございます。
その後出会った役者さんや女優さん、芸人さんたちも
関わってくれたことに感謝し
誰より折れる自分の支えとなってくれています。

ん?余談が長い?
まぁそんなかけがえのない方々との大事な旅行会に参加出来ないこの身体…。
今までも何度となく己の身体を、病を
内面ては恨み悔しく思ったけれど
それでも二度目の臓器移植に踏み切ろうとする今
病気自体を天命と、ラッキーなことだと
究極のプラス思考で乗り越えてきた。
しかし、自らも必要以上に歳を重ね、普通以上に身体も弱り
言うことの聞かない、もしくは予想だにしない身体の悲鳴に今なお
これから一層向き合うべき我が人生。
表だっての負けない自分はいつか化けの皮が剥がれ崩れ落ちてゆく。
今回楽しみにしていたイベントに参加できなかったことで
哀しむに哀しめない、悔やんで悔やみきれない
どうしょうもない感覚に陥って。

だから、この運命の身体を少しでも健康に近づけるため二度目の移植を決めたのに
気持ちが負けていることに気づく。
生きることに貪欲に
前進することを止めずに
歩く!
新たに胃腸炎に苦しめられ、己を感じるいいきっかけになった
変わり者のワテクシてす。

いつものことだけれど
自分で自分を励まして奮い立たせる。

味方は己ただ独り…
だから。

文面くらっ!

大丈夫です、私はいつ何処ででも笑っていますから。



Android携帯からの投稿
前回書いたのはいつですか?
ここは強制ではなく自由に書いているのでサボっていたとは言わせません!

今年に入り、仕事を探したり見つかり働き始めたり
色々と出掛けてみたり
今まで通り見つけた『好き』を観続けたり
かと言って自分自身の『行動』には程遠く
なんとなぁく不完全燃焼。
ヨガやりたい!日舞極めたい!
思うだけで今は生活が第一で、自分なりの健康が第一で。
人の嫌さを感じもしくは善さを感じ
憂鬱になったり感極まったり、反対に落ち込んだり…
相変わらず何とも忙しい日常と精神=自分自身。
本当は人に関して忙しいのが生き甲斐のくせに…
いけないですね、これでは。

今は毎回小学生時代から異常にハマるOlympic期間。
まぁよく泣いておりますm(_ _)m
万人について言えることだけれど
全ての人にドラマがあって夢や希望や悦びや
悲劇や苦痛、苦労があって
だから誰がどうであっても歓喜であって感動で。
人って凄いな…
改めて感じ
弱いな
また感じ 
そしてやはりそんな『人』を好きでいたい
想うのであります。
己自身がどんな人よりどうしようもない
何につけても秀でることのない人間だから
それ以外の『人』を好きでいたい。

なのに私は自分の人生に誇りを持っている。
育ててもらった環境や
子供と呼べる時代からの病との闘い
他の誰と比べての誇りではない
自分の歩んで来た道への揺ぎない誇り、自信。
これがないと今後も独りでは生きていけないですからね。

自分を筆頭に
その『人』は愚かで浅はかでもろくてどうしようもなくて。
だからこそ愛すべき人。
自分自身がダメだからこそ
どんな人をも許せる、認められる、信じられる、感じられる人でいたい。

そんな人の嫌さ
=人が人を視、けなし誹謗中傷する
それは誰にでも出来る簡単なことで。
逆に一番難しく、しなければならず出来得ることで成長するのは褒めることで。
それは本当の意味で「その人」を視ているからこそ出来ることだと思うから。
意識して発せられる褒め言葉には何も感じないけれど
心底から出てくる褒め言葉は、どんな場合も気持ちがいい
けなし言葉はいつ何時でもも嫌な気になる。

そんなことを意識しながら
残りの人生全うしたい。
皆さんそうなんですよ!
いつ終わるか分からない今を、いつでも今を大切に
かつ先もちゃあんと見据えて生きていたい。
もう年が明けて15日ですか・・・
一応今週から無職だった5ヶ月間から抜け出し
手術準備もあり、短期の派遣社員としてOLに戻っております。

去年8月で、契約満了(?)でホテルウーマンを辞めて以降怒涛!かな?
色んな意味で、です。

辞めて以降は一応就活なんてものもしましたが
すぐ、手術のためのある程度の期間の入院が決まり
就活断念。

通院やら入院やら
地元スーパーで意識を失って病院に搬送されたり
かと思ったらしばらくして、自宅で意識が朦朧となり救急車を呼んで再搬送?
この半年で何度意識混濁?朦朧?立てなくなった???

手術したら良くなりますよ。

っていうか普段から気をつけなさいよ!
気をつけろって!
・・・いやいや気をつけてますよ、本当に
一生懸命生きてますよ。
だけど身体がついてこない。
だからそうなってしまうのですよ。

腎移植、そして免疫抑制剤、四半世紀のIDDMによる自律神経障害
自分自身のダメさ、弱さ・・・
一体どれが本当の理由なのか
自分自身のことなのに分からない。
医師も分からないくらいなんだから!
って言えない自分がここに。

引きこもりからは仕事を始めて抜け出せたけれど
それに前職は夜勤務
夜中に勤務し出勤する人と逆行してうちに帰っていた。
ひ~っさびさの朝の軽いラッシュ?
何故か「生きてるな~」
感じて心地がいい。

働いても、時間が正常化しても
寄席を観てもお笑いライブに行っても
高校時代のサッカー部の新年会に行っても
人と会っても
最終的にはどこか
どこか淋しくなってる己が自宅にいる。

仕事忙しくなって軌道に乗って
身体の調子整えて
人と会って好きなことやって
生きて、ちゃんと生きて・・・

そうしたら、この相変わらず続いている倦怠感?嫌悪感?
無くなる?
と願いたい。

またも暗くてスミマセン、内容。