桐の紋が日本の国章になった経緯は以下の通りです。


もともと桐は、鳳凰 の止まる木として神聖視されており、日本でも、一説には嵯峨天皇 の頃から、天皇 の衣類の刺繍や染め抜きに用いられるなど、「菊の御紋 」に次ぐ格式のある紋とされた。


また中世 以降は、武家 が望んだ家紋とされ、足利尊氏 豊臣秀吉 などもこれを天皇から賜っている。このため五七桐は「政権担当者の紋章」という認識が定着することになった。ただし、征夷大将軍 に任命された徳川家康 のように、これを断り、家の紋章として桐を使用しなかったものもいる。

1872年 には、当時の明治政府が大礼服 を定め、勅任官 は、その上着に「五七桐」を用いることとされた。日本国 政府(首相 内閣 )の慣例的な紋章となっており、日本の国章に準じた扱いを受ける。


ということで天皇から賜って政(まつりごと)を司るという意味合いが(精神的に)残っているようです。


日教組が怒りそうな話でした。