室田は、岩崎の携帯へ連絡を入れると、状況を簡単に説明する。
一人で本部に戻されて腐っていた岩崎は、少しは機嫌を直したようだ。

「俺は、このまま一旦家に戻る。
詳細は、明日にしよう。」
「わかりました。室田さん、しばらく帰って無いですからね。
もう無茶出来ない歳ですから。」
「30代の男を年寄り扱いするな!」

受話器の向こうで岩崎の笑い声が聞こえる。
いつの間にか、こんな軽口を吐けるようになったか…。

「これはスミマセン。
…ところで室田さん、吉井管理官ですがあの人何か企んでますよ。」
「企んでる?
あいつが捜査本部に出張った時から分かってる事だろ。」
「それは、そうなんですが、何か別の意識が働いてるような…。」
「なんだよ、それ…。」
「私が、室田さんが別行動をとる事を伝えたら、笑ったんですよ。」

吉井が笑う姿など、想像が出来ない。
まるで、瀬戸物で出来たような無表情な顏しか吉井には似合わないとさえ思える。

「あいつがか?
そいつは不気味だな。」
「笑ったと言っても、声を出して笑った訳では無いんです。
口元だけが笑ってたんです。
すぐ元の無表情になりましたけど。」
「それで、何か言ってたか?」
「いや。
わかったと一言でおしまいです。」
「そうか…。」

恐らく、吉井は俺の独断行動を予想していただろう。
予想が当たったから、思わず笑みが出た?
いや、そんな安い男では無い。
もしくは、岩崎の言うように何かの企みがあるのか?
どちらにしても、明日は朝一で本部に向かうべきだろう。

「わかったと言ったのなら良いんだろ。
何かあるならあるで明日分かるさ。」
「そりゃそうですが。」
「何だ。
そんな心配性だったか、お前?」
「室田さんは心配してくれる女性がいないですから。
俺くらいは心配してあげないと可哀想でしょう?」
「お前!」
「ははっ!それじゃお休みなさい!」
「おい!
あっ、くそ!切りやがった。」

あいつ、こんな生意気だったか?
今日、自分だけ除け者にされたと思ってすねているのか?
どちらにしても餓鬼じゃああるまいし…。
そう思いながらもどこか憎めない所が岩崎にはある。
あいつ、その武器を自在に活かせるように成ったら、良い刑事になるな。
室田は、後輩の成長を素直に嬉しく思いながら帰宅の途へとついた。
「工藤さん。死亡した空挺団員のリストはございますか?
あれば、是非お借りしたい。」
「ありますよ。
今、用意しましょう。
死亡した空挺団員だけでしたら、それほど時間は掛からんでしょう。
少々お待ち下さい。」
「ありがとうございます。」

工藤は席を立つと隣部屋へ繋がる扉へと消えて行った。
室田は、深く座り直すと軽く息を吐く。
工藤は協力的だ。だが、それが気になる。
無論、工藤が純粋に事件解決の為に協力してくれている可能性もある。
だが、防衛参事官になったと言った後に見せたあの顏…。何か裏があるのではと思えてならなかった。
室田が思考の渦に巻き込まれていると、工藤が部屋に戻って来た。

「お待たせしました。」

時計を見ると10分程しか経っていない。
室田は立ち上がってリストを受け取った。

「ありがとうございます。
助かります。」

A3の茶封筒に入れられたそれは、酷く安っぽく見えた。

「リストはきちんと管理、処分してもらえれば、返却頂かなくても結構です。
他に協力出来る事があれば、おっしゃって下さい。」
「…。そう言って頂けるとありがたいです。
本日の所はこれで失礼致します。
又、後日お伺いするかと思いますが宜しくお願い致します。」

室田は丁重に礼を言うと、『あけぼの会』を後にした。

工藤が抱えている物が何か、それを追求するには情報が無い。
そして、それはこのリストを解明すれば見えてくると思えた。
日本の自衛隊は専守防衛が鉄則であるのは当然の事である。
その自衛隊員に実戦を積ませる必要を感じる程、当時のアジア情勢は逼迫していた。
そんな事は全く世間では感じる事の無い事実であり、日本は戦争とは無関係であると言うのは盲信であった。

「では、空挺団員に死亡者が出た可能性は高いのですね?」
「はい。
間違いないでしょう。」

だが、ここまで聞いた室田はある疑問を持たずにいられなかった。

「派遣された空挺団員の家族は、知っているのですか?」
「いいえ…。そんなはずはありません。
極秘任務ですから、家族に話しても情報漏洩罪で逮捕されますよ。」
「…では、なぜ貴方は知っているのですか?」

守秘義務があり、家族にすら自分の任務を伝えられないのは予想できる。
恐らく死亡原因も正しく伝えられないだろう。
では、なぜ工藤は空挺団の実戦配置を知っているのか?
それが疑問であった。

「…私が、空挺団派遣の公式発表を提案した張本人だからです。」
「あなたが。
なるほど、詳しいわけだ。」
「当時の私は、情報本部所属の情報処理班でしてね。
イラク派遣の情報操作を担当してました。
イラク派遣の仕事が評価されて防衛参事官になったんですよ。」

工藤の顏を見る。
さっきまでの覇気がなくなっていた。
防衛参事官と言えば局長級だ。
誇らしい顏をするのならともかく、なぜ気を落とすのか…。
まだ、裏があるようだ。