前置きとして私は父を深く尊敬し愛している そして父から私への愛情も深い
基本父は萎える事しか言わない 確かに今の俺の現状は如何ともし難くまたそれは今に始まったのでなく昔からである
ただまぁいくら愛情や心配から出た現実的な事実や実利的な話だとしてもそもそも俺の状態はメンタルが結構なネックになっている部分も大きい事であるからして父からは勇気や心強さ、換言するとポジティブな言葉や活力を頂きたいものだ
それにスタートライン当初から色々と遅れを取っている中で全く寄り添われてる感じがせず不安や重圧しか感じない つまり建設的に働いていない 分かりきった厳しい正論や論理によるプレッシャーだけでこちらからするとその愛情を理解はしても「ジャッジしてくる対象」としてしか感じ取れないのだ そして最も具合が悪いのが父の存在は私の中で大き過ぎるということ これらが重なり合い私の中での父と私の関係性は泥沼と化している節がある 父の子を辞めたいと思うくらいに
全く 父がもっと私を認めてくれたらどんなに心強いか それだけでどれだけ勇気が出るか だが父の場合先に結果を出さなければならない そしてそれは条件付けられたものであり結局そこで勇気を貰ってもこの条件付きの承認構造は変わらない 結果の有無に限らず愛は変わらないだろうが私は父から勇気が欲しい その点ではかなり致命的な形になっているだろう
正直そういう考え方や筋を通すという観点は父と似たものを持っている だが私だって1人の人の子だ 観点や性格に限らず情緒的なサポートやエネルギーは必要不可欠なのだ 特に家族ともなれば
早く自立し父から離れたい 出ないと私の心はずっと父への承認欲求を抱え続け父を通して自己定義を測り続けようとする羊のままだろうと予感している
離れたい
でないと自分が生まれてきた事そのものが父の私への愛情の深さに関わらずそれが「間違いである」、や「不適格だ」とさえ感じてしまうのだ 父を幸せに出来ず父を満たせない自分に対して、、、
無論、そこにそんな因果関係も義務も無く、酷く主観的で非論理的な思考回路なのは承知しているが私は今までの背景や色々な事情がありそこに存在理由を見出してしまおうとする悪癖が根付いているのだ 親が子を持つ理由など本能もあるがその先の想い描いた幸せの為だ それはこの世界での社会生活をしていくうちに触れる一般的かつ人類、生き物にとっての普遍的な幸福論や人々の物語、言論からたやすく導き出せる (勿論例外もあるものの) なればこそそれにそぐわなければ少なくとも親にとっては私は子供として不適格である そういう思想が幼少期より強い
私が一人の人間として結実するために その第一歩として乳離れならぬ父離れをしなければならないのかもしれない