今日は母の49日の法要でした。

法要の後、献杯の席で母の大好きだった僧侶から、頼まれごとがありました。


(僧侶)
死を知らない医師が多すぎます。

病気を治すことにだけ目を向けた結果、生だけを観るようになり、医師が死を知らなくなりました。

生は、死を知ることで分かります。

死を知らないから、死の意味を知らないから、医師は生も分からなくなっている。

嘆かわしい大問題です。

(わたし)
心を救うのが医療ですよね?。

(僧侶)
はい。あなた様から、是非伝えて下さい。あなた様なら影響を与えることが出来ます。

私は僧侶であるがために、宗教への偏見から聞く耳を持ってもらえないのです。

肩書きや社会的地位、名声のない私が病院で働いているから出来るのだと思いました。

母が、神様の仕業だなと直感しました。

昨日は、病院でベテラン看護師から相談を受けました。

ある患者さんとご家族との接し方、何が出来るのか?について相談を受けました。

心を大切に、思いやりを持って接することを語る私があたました。

心は知識や技術では救えない、人生経験でどれだけの苦労を糧にしてきたかだとも伝えていました。

直感しました。。神様が動かしている、私を。

21日は私の誕生日でした。

22日にベテラン看護師から相談を受けました。

23日の今日、母の49日の法要で、僧侶から頼まれごとがありました。

医療にこころを。

これからの私の人生の流れを指し示されたと思いました。

更に思いました。

医療の限界によって、医療制度の問題によって、苦しんでいらっしゃる方々を、私だから出来ることがあるのだと思いました。

○病院で働いているから病院の裏事情も知っています。

○息子と母の死の経験で患者側の気持ちも知っています。

○スピリチュアルを実践してきています。

この三つから生まれたのが、スピリチュアル緩和ケア。

医療の限界によって、医療制度の問題によって、苦しんでいらっしゃる方々を、私だから出来ることなのです。


iPhoneからの投稿