知られているようで、知られていないのかなあ?。
「魂の歓び」と「人の喜び」とは、正反対であることが多いということを。
病気で苦しんでいたとします。
私の例でいえば、東京に来てから、胃痙攣に襲われたことがありました。
もう、痛くて、痛くて・・・
もう、苦しくて、苦しくて・・・
もう、泣いちゃいたいくらい・・・
どうして神様助けてくれないの?・・・
ちょっと人には見せたくない姿です。
魂は、この時、「歓んでいる」んです。
末期ガン患者の方で苦しんでいらっしゃる方のオーラが、輝いている時があります。
魂が歓んでいると、オーラは大きく輝きます。
苦しんでいるのに、痛いのに、魂は歓び、オーラは輝く。
苦しいけど、成長のチャンスが来たと歓んでいる場合もあります。
苦しいけど、自分が苦しむことで、人のお役に立てていると歓んでいる場合もあるのです。
病気で苦しんでいる人を観たら、優しい気持ちになれるでしょ。
病気で苦しんでいる人を観たら、思いやりを持てるでしょ。
自分が苦しんでいる姿を「見せる」ことで、人の優しさ・思いやり・愛を呼び起こします。
こんな役の立ち方もあるのです。
魂は、人に尽くすことが大好きですから。
愛されたい・・・人の歓びです。
愛すること自体が歓び・・・魂の歓びです。
愛すれば、愛される・・・「愛する」という魂の歓びをし続けたとき、「愛される」という人の歓びを得るのです。
自分が病気で苦しんでいる姿を、素直にさらけ出すこと・・・
これ自体が、周りの人を愛することにもなるのです。
病気で苦しんでいる人を観たら、優しい気持ちになれるでしょ。
病気で苦しんでいる人を観たら、思いやりを持てるでしょ。
自分が苦しんでいる姿を「見せる」ことで、人の優しさ・思いやり・愛を呼び起こすから。
優しくされたら嬉しいでしょ。ありがたいでしょ。愛されたでしょ。
苦しんでいる姿をさらけだしたらさ。
病気に感謝。痛みに感謝。苦しみに感謝。
自分が弱っているとき、最高に「強い」のです。
魂の歓びに沿って歩んだ時、人の歓びは必ず後から付いてきます。
これが、スピリチュアルな法則なのです。
苦しんでいる人を目の前にして、優しい思いやりの気持ちを持てず、
逆に、
ざまあみろ!とか、どうしよう!とか、怖い!とか・・・
どうしたらいいか分からない・・ごめん・・・
それも自己責任だから自分で気づきなよ、私の問題ではない・・・
厳しいようですが、どれも自己中心的ですよね。
ここに、愛があるでしょうか?。
理由はどうであれ、苦しんでいる人を目の前にしたら、慈しむ・・・これが神様のやり方です。
神様のやり方・・・「気づかせた上で、苦しみを取ってあげる」です。
我々の責任は、苦しいとき、苦しんでいる姿を素直に見せる・・・これが責任なのです。
苦しみをひた隠しにする傾向が、日本人には多いです。
だから、ガン患者が急増し、死亡率1位になっているのです。
ガンの痛みはひた隠しにすることは出来ませんから。
神様のやり方・・・「苦しみに歓びを見出しなさい」なのです。
苦しいとき、魂は歓んでいます。
苦しみに感謝。
すると、人の歓びがやってきます。