過去に1度だけ、至福の感覚に満たされた時があります。


ただ、ただ、しあわせのみでした。


このまま死を迎えても、悔いはありませんでした。


むしろ、このまま心臓が停止したらいいな・・・とさえ思うほどでした。


人生に満足した瞬間でした。


生まれてきて良かった。


今日まで生きてきて良かった。


ただ、ただ、感謝のみでした。


何も要らないと思いました。


お金も、社会的地位も、名誉も、肩書きも、学歴も、健康でさえ、どうでもいい・・・何も要らないという感覚です。


すべてに感謝でした。


満ち溢れているというのは、この感覚なのでしょう。


自分を傷つけた人にも感謝のみでした。


自分が傷つけた人へも感謝のみでした。


恥ずかしいこともしましたが、それさえ、感謝に変わっていました。


人にいじめられたことも、


バカにされたことも、


優しさに飢え続けた日々も、


もがき苦しみ、何度も死にたいと思った日々も、


すべて消え、感謝のみになっていました。


沢山の夢が叶わず、あきらめ・・・しかし諦めきれず、もがき続けた日々も、


感謝のみになっていました。


八方塞になって、絶望した日々・・・


子供を失ったこと、離婚したこと、お付き合いした何人かの女性を傷つけたこと・・・


すべて感謝のみなっていました。


目標も、夢も分からず、何をしたいのかも分からず、ただボーっと過ごした日々・・・


いくら必死に努力しても、誰にも認められず凹んだ日々・・・


うつ病、パニック障害、自律神経失調症に苦しんだ日々・・・


すべて感謝のみになっていました。


感謝のみに満たされたとき、


嬉しい、楽しい、楽、ワクワク、ウキウキの次元を、遥かに超えていました。


これが、感謝の感覚なのだと実感しました。


この至福の瞬間に、気づいたことがありました。


どんな生き方をしても、しあわせで終われるのだと。


正しい生き方のみをしてきたわけではありません。


未熟ですから、過ちも数多くやってきました。


人に迷惑を掛けたり、人を傷つけたり、親不孝したり・・・


間違った生き方も沢山してきました。


それでも、こんな至福の瞬間がもたらされようとは・・・。


すべてに感謝でした。


どんな生き方をしても、間違いと言われる生き方をしてしまっても、


しあわせで終われることが出来るのだと、実感しました。


どうして、至福の瞬間がもたらされたのだろう?。


私自身がやってきたことは、単衣に、


自分の「精神性を高めることをし続けた」だけでした。


人を傷つけたり、迷惑を掛けたりした後、


後悔するのではなく、


「精神性を高めるきっかけに活かす」よう、実践し続けてきただけでした。


守護霊様の教えに沿って歩んだ・・・スピリチュアリズム実践だけでした。


どんな生き方をしても、


精神性を高め続けていけば、


必ず、至福の時がもたらされると、確信しました。


夢が叶おうと、叶うまいと、


目標があろうと、無かろうと、


健康であろうと、無かろうと、


お金があろうと、無かろうと、


社会的地位があろうと、無かろうと、


精神レベルを高めていけば、


必ず至福の時がもたらされると、実感しました。


行き着く先は、感謝のみでした。


感謝を実感するために生まれてきた・・・そんな気がします。


感謝にも様々なレベルがあります。


自分への感謝。


家族への感謝。


恋人への感謝。


友人・知人への感謝。


他人への感謝。


国への感謝。


他国への感謝。


森羅万象への感謝。


物への感謝。


神様への感謝。目に見えないものへの感謝。


生きていることへの感謝。


その先には、「生かされていることへの感謝」。


生かして下さってありがとう。


至福の瞬間がもたらされたのは、守護霊さまのお陰だと分かっていました。


守護霊さまが動いて下さったのだと。


至福の瞬間・・・俺は、「死んだな」と何故か思いました。


至福の瞬間を実感した翌朝、いつも通り目が覚めました。


死んだと思ったのに、目が覚め、生きていました・・いつも通りに。


死んでもいい、死にたい、感謝で自分の人生が終わったのだから、充分だろうと思っていました。


でも、生きていました。


自分の意志は尊重されませんでした。


この時、気づきました・・・「生かされた」のだと。


自分の命は、自分のものであって、自分のものではない。


自分がいつ死を迎えるのかは、神様が決めるのだと。


生かされたということは、生きる必要があるからだと。


生かされたということは、私が生きていることに価値・役割があると、神様が判断したからだと。


そうしたら、面白い感覚がやってきました。


お金の不安が消えていったのでした。


日本で生きるには、お金は必要です。


神様に生かされているのだから、必要な時に、必要なお金は与えて下さる・・・と思えたのです。


神様に生かされているのだから、


人に分かってもらえなくても、認めてもらえなくても、


神様は分かって下さっている、認めて下さっていると。


神様に生かされている・・・神様に守られているのだから、


絶対大丈夫だと。


自分は、日常生活の中で、精神レベルを高め続ければいいと。


感謝に生きる・・・それだけでいいと。


感謝は、無限のエネルギーです。