あの世とこの世の違いで、大きく違うことがあります。
それは、成長のスピード。
実は、この世で過ごすことの方が、圧倒的に成長を早められる環境にあるんです。
例えば、この世だったら、1日で気づくことがあったとします。
気づくとは、胸で気づく・・・感じるということです。
これが、あの世だと、数10年掛かるんです。
仮に50年とすると、365日×50年=18250日。
そう!この世だったら、1日で気づけることが、あの世では、18250日掛かるんです。
数10倍どころではないですね。
それは、この世では、自分以外の人との関わりから気づける環境があるからなんです。
自分とは違うタイプの人との出会いから、気づかせてもらえる。
自分以外の人から、教えてもらい、気づかせてもらえるからなんです。
あの世では・・・
すべて自分一人で気づかなければいけないんです。
あの世は階層の法則。
自分と似たような人たちばかりと一緒にいるので、気づけず、教えてももらえない。
更に、時間という束縛もなく、全く変化のない世界なので、気づけないんです。
全く変化のない世界なんです。
この世を思えば、あの世は全く成長できないのです。
この世が唯一成長できるチャンスなのです。
ところが、この世では、成長を遅らせるやり方をしている人が殆どです。
変な話ですが、どうしたら成長を妨げることが出来るのでしょう?。
何でも自分のペースでやろうとする。
口先だけで、行動が伴わない。
苦しくなると最後はあきらめる。
感情を凍らせる。
すべて他人事にする。
失敗を恐れて何もしない。
自分と同じ価値観の人たちとだけ関わろうとする。
何でも論理的に理解し、分かった気になる。
家族とばかり関わり、他人との関わりを避ける。
仕事の自分とプライベートの自分を使い分ける。
自分に嘘をつく。
傷つくのを恐れ、我慢し続ける。
ネガティブな気持ちに蓋をし続ける。
などなど・・・
これだけでも、大半の人たちが当てはまるでしょう。
最近、「引き寄せの法則」がブームとなっています。
これ、ある意味、この通りに実現しますが、誰でもできるわけではありません。
また、必ず、いつも100%、望みを引き寄せるわけではありません。
もし、自分の望みが、スピリチュアルな成長を妨げると、高次の神様が判断したら、望みが叶わないように操作するからです。
守護霊は、まだ人間味があるので優しいのですが、守護霊よりもっと高次の神様となると、容赦ありません。
人として、それはどうなの?!と思うことも平気でやります。
例えば、
好きあっているカップルがいるとします。
お互いに愛し合っていて、お互いに結婚まで望み、その方向で話が進んでいたとします。
ところが、
あまりにラブラブ過ぎて、お互いに甘えすぎた(依存しすぎた)とします。
このままでは、二人の成長の妨げになる!と高次の神様が判断すると、
高次の神様が動いて、二人を別れさせるんです。
別れるように、操作するんです。
人としての意志など、無視されることがあります。
これは、実は、私の実体験であったことでもあります。
甘えるのがいけないのではありません。
甘えすぎるのがいけないと、神様は判断します。
あくまで成長なのです。
こんな話をすると、「神様が怖い!」「ムカつく!」という人もいるでしょう。
ご安心を。
気づけば、OK。
気づくとは、行動が伴うことです。
頭だけでは、ダメです・・。不十分。
行動が伴って、初めて気づけたと言えます。
行動が伴った時、人としての幸せも得るのです。
うまくいかないのは、気づきが浅いから。
うまくいかないのは、しっかり気づいていたとしても、行動が伴っていないから。
行動が伴った時、人としての幸せも得るのです。
これは、誰でも同じ条件です。
でも、なかなか行動に移せない人がいますよね。
なぜ、行動に移せないのか?。
怖いから。
なぜ、怖くなるのか?。
トラウマ、罪悪感などなど、いろいろ言われていますが、答えはシンプルです。
なぜ、怖くなるのか?。
「依存心があるから」です。
依存心があると、動けなくなります。
依存心があるから、望みを叶える行動が出来なくなります。
依存心が、怖さを、ネガティブを生み出します。
依存心が、自分の心に嘘をつかせます。
依存心が、周りに合わせることをします。
こんなことをいうと、「依存はいけない」と思っちゃいますよね。
違います。
依存におぼれてはいけないのです。
依存する時があっても、きちんと自立に戻れればいいんです。
自立した人だって、完璧ではありません。
疲れて依存し、甘えてしまうときもあります。
そして、改めて自立に戻ればいいんです。
それでいいんです。
甘えるだけ、すがるだけでは、ダメなのです。
なぜ?。
甘えるだけ、すがるだけ・・・これが依存心。
大して考えず、答えを人から聞いてばかりいるのは、依存心。
自分だけで考えてばかりいて、行き詰っても自分一人でやろうとするのも、依存心。
半分は自分で、半分は一緒に・・・これが自立なのです。
カップルでも、半分は一緒に考え、一緒に乗り越え、半分は、各々が考え乗り越える・・・これが自立したカップルです。
自立したカップルが、ずっと愛し合えるのです。
自立したカップルが、いくらでも神様の応援を得るのです。