なりたい自分になる。


人から好かれる自分になりたい?。


お金持ちになりたい?。


いつも幸せでいたい?。


人を救える人になりたい?。


いつも明るい自分になりたい?。


自信を持っている自分になりたい?


なれるよ!


うん、なれる!。


キネシオロジーを使うと、すぐなれるよ。


東京に住んでいた時に初めてキネシオロジーを学んで、受講生同士でキネシオロジーセッションをし合ったの。


その時の一つに、


「2001年9月に札幌に住んでいます」って状態が実現するように、セッションをしたの。


実際には・・・2001年9月17日に引っ越しが出来ました^^。


収入面も、キネシオロジーセッションをして、実現したよ。


全部、自分が引き寄せていると言われるのだから、ならば、「自分の望む状態を実現する波動になっちゃえばいい」のです。


身も、心も、たましいも。


セッションした時はいいけど、すぐに元に戻るんじゃないの?。


答えは、NO。


それも、元に戻らないようにクセをつけるワークをするから、だいじょうぶ。


これって、オーストラリアでは医療保険が適用されているものだから、大丈夫。


このように色んな方法がある。


結局、「信頼」が決め手のようだよ。


その方法を「信頼するかどうか」だよ。


どんなものを信頼する?。


自分の思った通りの結果が出たら、信頼するよね、普通に。


ところが、一回でも自分の望んだ通りの結果が出なかったら、もう信頼しない?。


そういう人もいるよね。


逆に、結果が出なかったら、自分がいけないんだと思って、自分を信頼しなくなる?。


そういう人もいるよね。


結局、「望む結果が出るかでないか」を「信頼の基準」にしてると、こうなっちゃうよね。


セラピストで絶対的な信頼を置いている、命の恩人。


これまで、何回もセラピーをしてもらった。


セッション後、全部望んだ通りの現実が生まれたか?と言ったら、そんなことはないよ。


ある時なんか、セッションが終わっても、気分が返って落ち込んでさ・・・そしたら、命の恩人から電話をもらって、


「よく考えてみたら、こうした方が良かったかもしれないと思いました。ごめんなさい」って謝りの電話をくれたの。


わざわざ札幌から東京へ、このセッションを受けるために行って、その結果・・・なんて落ち込んだりしてたけど、信頼が揺らぐことはなかったよ。


だって、一生懸命、真剣に、真心込めてしてくれたもの。


その時の最善を尽くしてくれたもの。


信頼が揺らぐことは、全くなかったよ。


それに、逢う度に、進化されているのも感じてたし。


昔、スタッフが居た時、命の恩人のセッションを勧めて、受けに行ったスタッフもいた。


結果はイマイチだったけど、信頼は揺るがなかったよ。


だって、スタッフが命の恩人に心を開く努力をするという、自己責任を全うしていなかったんだもん。


それは、恩人の責任じゃない。


受けに行ったスタッフの責任だもの。


厳しい、突き放されるようなことを言われたときもあったよ。


でも、信頼は揺るがなかった・・・僕のためを思ってのことだと分かってたもの。


息子を亡くした時だって、同じさ。


医師にも、看護師にも、ただただ感謝だけだったもの。


全力を尽くしてくれたもの。


最善を尽くしてくれたもの。


真心が伝わったもの。


そんな医師、看護師のいる杏林大学付属病院は、絶対的に信頼してるよ。


信頼って、こんなもんじゃないのかな?。


結果で、望む結果が出たから、信頼するなんて、信頼って言えるのかな?。


どんな方法でもいい。


試してごらんよ。


その方法を行っている人に、実際に逢って、やってみてもらいなよ。


で、その人が、一生懸命、真心込めてやっているかどうかを、肌で感じてごらんよ。


結果の前に、その人が真心込めてやっているかどうかを、肌で感じてごらんよ。


結果の前に、その人が真心込めてやろう!と努力しているかどうか、肌で感じてごらんよ。


感じたら、信頼が生まれるよ。


疑うだけじゃ、何も生まれない。


どうしても疑うなら、こうやるんだよ。


例えば、スピリチュアルな法則。。。僕も江原さんの書籍で初めて知った。


そうなの?。疑ったよ。


だから、「よし、本当かどうか試してやろう!」と思って、徹底的にやったよ。書籍に書かれてある通りに。


カルマの法則、波長の法則をね。


まだ霊能力が開花する前さ。


がっつり試したよ。5年間。


答えは・・・その通りだったよ。


この出来事は法則どおりじゃない!なんて思っていたのは、単に「気づきが浅い」だけだったと気づいたよ。


これが、自己責任の取り方だよ。


信頼と自己責任は連動してる。


自己責任を取ればとるほど、しあわせになっていくのさ・・・いくらでもね。


でも、人は未熟だから、自己責任から逃れたいよね。


だから、スピリチュアルな法則・・・因果応報、類は友を呼ぶ・・・が存在しているんだよ。


全部、自己責任。


逃げたくても、自己責任が返ってくるのさ。


ならば、自分を高めれば、嬉しい自己責任も返ってくるのさ。


望む結果を得られたら信頼する?・・・それって自分の責任は全うしていることが前提条件だよ。


そしてね、自己責任を全うしていても、望む結果が出ない時もあるさ。


それは、相手が、周りが、自己責任から逃れる努力をし続けている時さ。


それは、自分が取るべき責任かい?。


相手だよね。


ならば、そういう人たちは、放っておく時なのさ。


これを、人として冷たい!と思う?。それこそ、自己責任逃避なのさ。


自己責任って、みんながハッピーになる大原則なのさ。


自由には、自己責任が伴うのさ。


ならば、束縛された方が楽~って、言われた通りにするのが楽~っていうなら、それもOK!。


その選択の自由も与えてくれている・・・自由意志の尊重。


望む結果を得られたら信頼する?。


結果はどうであれ、真心込めて接してくれる人を信頼する?。


どちらを選ぶかで、180度人生は変わるよ。