松崎しげる・愛のメモリーです。
また一人、尊厳の傷を癒し、「保身」からの脱却が始まったクライアントからメールを頂きました。
札幌市在住・樋口奈緒子さんです。歌手なさっています。
お友達も現在苦しんでおり、是非読んで欲しいとの想いでした。
小学校2年に発症した心のガン・・・最後は自分一人で生きると強く思いこんでしまったことで、様々なご苦労をされました。
実名公表が、「保身脱却」の一つの証です。ご紹介します。
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先生、あたし、変な自信がわいてきて。
今までこれが自分って無意識に選んでた生き方、変えられる気がしてきました。
そして生き生き歌おうって。
病気になったとき、死ぬときに誰にもありがとうって言えない人生は、辛いって感じました。
1人で終えたくないって思いました。
それが亭主なのか、家族なのか彼なのか今はわかりません。
ただ、1人に向かう人生は選びたくない。
人生の終わりは愛に近づきたいです。
だから自分を変えたかった。
意地だけ張って諦めて1人で生きようとした自分のこと。
幼少に染みついたらしい・・・しっかり者のお利口さん。
これが美しい女とか、これがあたしとかいう思い込み、なんてくだらなかったんだろう。
そしたら、密かに人を裁くような思いもなくなってくる。
先生ありがとうございました。
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心のガン・・・根源は「保身」です。
保身とは、「自分の身体・地位などを保とうと気を使うこと」と、国語辞典に載っています。
地位・・いまの職業、職場、仲間、家庭、社会的地位などを保とうと気を使うことです。
「保身」に走ることが、心のガン発症、転移となるのです。
関東の田舎の病院のホスピス看護師長から、こんな話を聴いたことがあります。
「手に負えない患者さんがいて・・・身勝手でイライラしてしまう。」
「ただ、逆に、”看護師さんに話を聞いてもらえて嬉しい。感謝してます。”と笑顔で話してくれる患者さんが居て・・・この患者さんに癒されて、よし!頑張ろうと思うんです。」
「こうしてバランスを取っている感じです。」と。
私は言いました・・・「恥ずかしいですね。患者さんに癒され、患者さんでバランスを取るなんて」と。
すると・・・
「私は、病院で規定されている看護評価基準を、どの患者さんにも満たそうと努力しており、やっているプライドがあります!。」という趣旨のメールがありました。
これも「保身」です。
病院の評価を気にしながら、ホスピス看護をしているのですから。
いざとなったら、患者さんの気持ちより、自分の都合・病院の都合を優先するのですから。
肝心な言うべきことを患者さんには言えないのです。
看護師の原点は何か?・・・患者さんの心のケアのはずです。
「保身」をしていては、心のケアは絶対出来ません。
「保身」をしていたら、自分のこころを失うからです。
「保身」をしていたら、相手のこころも見えなくなるからです。
手に負えない患者さんがいるのは、あなたの「保身」が手に負えなくさせているのです。
反省が全く足りません。
プロとして自覚を持って欲しいと思いました。
これで分かるでしょう・・・複雑な、高度な知識を持てば、心のケアができるなんて、間違いだと。
これで分かるでしょう・・・複雑な、高度な知識を持てば、心のケアができるなんて、間違いだと。
これで分かるでしょう・・・複雑な、高度な知識を持てば、心のケアができるなんて、間違いだと。
この話を、この看護師長のスタッフも同様です。
スタッフは分かっているはずです。スタッフが看護師長に、「恥ずかしいことです。私たち改めましょう!」と口に出して発言しなければいけない。
スタッフが言えないのも、「保身」です。
昨日、一昨日のブログに書いた、東京、茨城、埼玉にもいる、私が出会った中で最強の「心のガン」の看護師・・・「保身」が全身に転移しているのです。
何故、「保身」に走るのか?。
怖いからです。嫌われるのが怖い、職を失うのが怖い、家庭を失うのが怖い・・・。
人に嫌われたら、職を失ったら、家庭を失ったら、一体どうなると思いこんでいるのでしょう。
寂しい、孤独・・・ここまでは、誰でも分かるでしょう。
孤独になったら、どうなると思っているのか?。
それは・・・
「生きていけない。生きる意味がない。」と思いこんでいるのです。
「生きていけない。生きる意味がない。」と思いこんでいるのです。
「生きていけない。生きる意味がない。」と思いこんでいるのです。
でも、生きたい・・・
だから、「生きるためにはしょうがない」と理由をつけて、保身に走るのです。
生きるためにはしょうがないと、保身に走るのです。
様々なカッコつけた理由で、自分を正当化するのです。
裏切りたくないから。
傷つけたくないから。
経済力がないから。
子供がいるから。
この人が居ないと生きていけないから。
性格だから。
あの人が心配だから。
・・・書きだしたら切りがありません。
生きるために、保身に走る。
保身に走った結果、心のガンが発症する。
生きるために、心のガンを発症させ、全身転移させているのです・・何10年も。
アホらしい。
保身を選ぶことで、心の健康も、身体の健康も失い、いつもオドオド生きる。
保身を選ぶことで、自分らしさも失うのです。生き生きさが消える・・・死んでいるのと同じです。
きちんと患者さんの看護もできなくなるのです・・いくら頑張っても。
保身の看護は、認めません。
生きるために、これだけの犠牲を払っているのです。
生きるために、これだけの犠牲を払っているのです。
生きるために、これだけの犠牲を払っているのです。
でも、生きたい・・・だから、生まれてきた目的を知りたがる。。。スピリチュアルに走る人が生まれてきたのです。
「生きるためにはしょうがない」。。。と「あきらめている」。
間違いです。
こんなことでは、成長も学びも出来たもんじゃありません。
ブログに書いた東京、茨城、埼玉の看護師・・・江原さんの講座に何回と行っていました。
それでも、あの症状です。
鏡をタオルで隠したり・・・。
肉体のガン・・・これは「保身」を捨てなさい!というメッセージなのです。
肉体のガン・・・これは「保身」を捨てなさい!というメッセージなのです。
肉体のガン・・・これは「保身」を捨てなさい!というメッセージなのです。
ホスピスでも、保身の強い人間が、最後まで暴れているはずです。
看護師が「保身」を捨てた時、患者のこころを救えているはずです。
ホスピス看護師は、仕事場でも、プライベートでも、保身を捨てる学びなのです。
とっととやれ!!!!!。
何故、とっととやれ!なのか。
人はいつ死ぬか分からないからです。
明日も自分は生きていると思い込んでいるでしょう。
急に、事故で死ぬかもしれない、心臓発作を起こすかもしれない。
私は、息子を亡くしています。
更に、会社員時代、最も信頼する部下を、バイク事故で亡くしています。
自分の最も大切な人を、突然失う経験を、何度もしています。
人は、いつ死ぬか分からないのです。
人は、いつ死ぬか分からないのです。
人は、いつ死ぬか分からないのです。
大好きな人とやっと会える・・・でも急用ができて会えなくなった。
「また会えるよ。これが最後じゃないし」なんて言うホスピス看護師もいました・・・完全に心のガンです。
「死から逃げている・死を諦めている」のです。
「死から逃げている・死を諦めている」のです。
「死から逃げている・死を諦めている」のです。
これが最後かも知れないのです。
人は、いつ死ぬか分からないのだから。
だから、私は会うための最大限の努力をします。
いつ死ぬか分からないから、精一杯愛します・・・後悔しないように。
この看護師は、愛することを諦めている。
生きることを選び、愛することを捨てているのです。
生きることを選ぶ代わりに、「愛すること」「生き生きすること」「自分らしさ」「身体・こころの健康」「生きる喜び」を捨てているのです。
すべてに感謝!などど、カッコつけた理由をつけているの過ぎない。
感謝しているなら、こころも身体も健康のはずです。
「生きる」ことより、大切なことがあります。
いくら生きても、必ず死ぬ時が来るからです。
生きることより、大切なこと・・・それは、愛することです。
生きることより、大切なこと・・・それは、愛することです。
生きることより、大切なこと・・・それは、愛することです。
保身を選ぶことは、結果的に、愛を捨てる行為なのです。
保身を選ぶことは、結果的に、愛を捨てる行為なのです。
保身を選ぶことは、結果的に、愛を捨てる行為なのです。
保身は間違い!。
とっとと、心のガンを治してください。
人はいつ死ぬか分からない。
死を意識しないで、死から逃げて生きるから、うじうじするのです。
如何に生きるかではない。
どれだけ、精一杯愛するか!です。自分の愛している人を、大切な人を。
生きることより、大切なこと・・・それは、愛することです。
愛している人と、大切な人を、かけがえのない人を愛することです。
このために、尊厳の傷を癒しています。
私は待っています。
私は待っています。
私は待っています。