まさに波長の法則。


” 島耕作に知る「いい人」をやめる男の成功哲学”(弘兼憲史 著/講談社+α文庫)” と本屋で出会った。


読むと笑ってしまう。


そうだ!その通りだ!。これまでの俺だ!。うん、うん、分かる。


男女問わず、お勧めします。


誰だって、大なり小なり、「いい人」をしているのだから。


俺なんて、神様という「いい人」までやってしまっていたのだから。


最近のブログを読んでくれた方から電話がきた。


「共感しました。胸にズンズン入ってきて。中嶋さんも私たちと同じだったんですね。神様だと思っていました。うじうじしてるより、どんどん速くするべきなんですね。そう思ったら、セッションを受けたくて、電話してしまいました。いつもなら、メールで申し込むのに、今回は電話の方が手っ取り早いと思ったんです。」


だから、俺も肩こりもある!って言ってたじゃん。神様が肩こりあるかっつうの。


それだけ、俺自身が神様を演じてたんだなあと思った。


でも、この電話は嬉しかった。


すんごい、明るいハキハキした声だった。


「そんなに明るい声聞くのは初めてだね」


「普段はこんな感じなんですよ。」


「そっか。神様に叱られると思って、神様の前でもいい人でいなきゃと思ってたんだね。」


「はい、そうです。それで、これが小さかったのだと思います」。


実は、いい人をやっている人は、本音を言わない。


本音を言うと、「いい人」ではなくなってしまうからだ。


「いい人」とは、相手にとって都合のいい人だ。


いい人をやっていれば、嫌われなくて済む。


その分、自分を偽る。


そう!「いい人」をやっていると、自分を裏切るのだ。


「いい人」をやっていることは、自分を裏切る。


カルマの法則。


常に、「裏切る」というマイナスのカルマを蒔き続ける。


相手をも裏切る。


勘弁してほしい。とっとと、「いい人」をやめてもらいたい。


とっととだ。


先日もある方との電話の中で、こんな話が飛び出した。


「主人の浮気癖は治ったんですけど、今度は私に向けてくるんです。好きな人からなら、いくらでも嬉しいんですけど、もう主人には好きって気持ちが全然なくて。」


それなら、とっとと離婚すればいい。


ご主人に対して、もう裏切っている。


この人も不倫していた。いまは止めてる。


でも、心は不倫した相手にある。


なのに、結婚したまま生活している。


ご主人と夫婦生活を営んでいる。


好きでもない旦那と。


じゃあ、ご主人と決着つけなさいと言ったら、「そうなんですよね~。でもなかなか・・・」と曖昧にする。


ご主人とのことを曖昧にし、先送りする。


自分の気持ちははっきりしているのに、結論を曖昧にし、先送りする。


そして、ご主人とのことは、あきらめ、他に気持ちを向ける・・・この人の場合、仕事である。


「いい人」をやっていると、「いい人」に慣れると、こうなってしまう。


自分の気持ちを裏切る。


そして、旦那をも裏切る。


不倫していなくても、心の支えが別の男にあるのだから、「心の不倫」。


しかも、好きでもなくなった旦那とセックスする・・・自分を裏切っている何者でもないのです。


カルマの法則。


「気持ち」「口にすること」「行動」は、均等に扱われる。


不倫相手のことが、好きで好きでしょうがない、辛い時はいつも彼のことを思い、頑張り乗り越えている・・・例えばそんな存在なら、いいじゃないか。


むしろ、好きでもない旦那と結婚生活を続ける方が、よっぽど間違いだ。


旦那に対しても失礼である。


自分が居なくなったら、旦那はやっていけるのか心配だから、離婚できない・・・いいんです・・・などと、「いい人」をしている主婦も後を絶たない。


これ、旦那を信用していない証。


「いい人」を演じるための、言いわけなのです。


人なんて、いざとなれば、何とか生きていくものです。


自分が「いい人」を演じているかどうかの判断基準がある。


冒頭紹介した書籍にも書いてあった。


「周りが何と言おうと、どう思われようと、常に自分の本心に従って、言葉を発し、行動するか、しないか」だ。


「周りが何と言おうと、どう思われようと、常に自分の本心に従って、言葉を発し、行動するか、しないか」だ。


「周りが何と言おうと、どう思われようと、常に自分の本心に従って、言葉を発し、行動するか、しないか」だ。


こうしてみれば、自分がどれだけ、「いい人」をやってきているかが分かるだろう。


「いい人」をすることに慣れてしまうと、自分の本心が分からなくなってくる。


なぜ?


自分の本心よりも、周りとの人間関係が穏やかになる方を選ぶからだ。


すると、自分の本心を抑える。


これは、自分の人としての尊厳を傷つける。


周りの人の尊厳も傷つける。


だから、「いい人」をすることを否定するのです。


先ほどの主婦の例でいえば・・・


彼女の本心は、完全に彼が好き。旦那ではない。


心の支えも、彼だし。


それが、自分の尊厳を大切にすることになります。


旦那との結婚生活をはっきりさせることが、旦那の尊厳を大切にすることでもあるのです。


「いい人」をしていると、人としての尊厳が失われていくのです。


とっとと止めてほしい。


とっととです。


迷惑だもの。


それでも、なかなか行動に移せない、重度の「いい人」もいるでしょう。


昨日のカウンセリングでいました・・・「私はいい人を止めました」と言ってやってきた「いい人」が。


53歳、新婚女性。


子供3人いて、再婚。ご主人も一緒にきました。


奥さんがあまりにも、「私はいい人をやめました!と頑なないい人」だったので、切り込みました。


「あなたは、最後は一人で生きていくと決めていますね。」


「はい、そうです。」


「ご主人に謝りなさい。最後は一人で生きていくと決めているのなら、結婚の必要はありません。恋人か、愛人で十分でしょう。ご主人に失礼ですよ。」


「それなら、離婚・・・」


「謝りなさい!。ご主人は、あなたが最後は一人で生きていくと決めているのを承知で、結婚したんですよ。それよりも、あなたの笑顔が大好きだから。でなければ、ご主人は結婚しません。」


「そうなの?」


「(ご主人)そうだよ。分かってたよ。笑顔が大好き。だから、お前がしあわせなことが、俺のしあわせなんだ。最後は一人で生きると決めているところは、嫌いだけどね」。


「あなたの嫌いなところも吹っ飛ぶくらい、あなたの笑顔に惚れたから、結婚したんです。ご主人は。」


きょとんとしながら、謝っていました。


この人の場合、本心はご主人が好きでした。


「最後は一人で生きていく」と決めたのは、幼少のころからの辛い出来事によって、尊厳を傷つけられ、一人で生きると決めなければ生きていけなかったからなのです。


一生懸命生きて、3人の子供のことを思い、離婚しました。


その後も頑張ったからこそ、最高のご主人と出会ったのです。


彼女の本心は、しあわせにしてくれる男性が欲しかったのです・・・ポロっと口にしていました。


もし、この席で、奥さんと旦那さんの本心に気づき、従っていなければ、彼女は離婚したでしょう。


これまでの苦労が水の泡となるところでした。


好きなのに、離婚を選ぶところでした。


このように、「いい人」に慣れてしまうと、土壇場で判断を誤りかねません。


折角の努力が、しあわせが逃げてしまう判断をしかねないのです。


最後はあきらめる・・・しあわせが逃げる判断をします。


最後はあきらめる・・・しあわせが逃げる判断をします。

離婚することが幸せの場合もあります。結婚を続けることがしあわせな時もあります。

しあわせとは、自分の本心に従った時に実感できるのです。

しあわせとは、自分の本心に従った時に実感できるのです。

しあわせとは、自分の本心に従った時に実感できるのです。


私自身も、スピリチュアルに出会ってからも不倫の経験があります。


相手が結婚していました。


でも、好き!。本心に従いました。


スピリチュアルで言われているような「正しい生き方」より、本心に従いました。


でも、DVを受けました。


これは、自分の尊厳が傷ついたままにしていたからだと、先日東京でセッションを受け、知ったのです。


本心に従って生きるのが、一番です。


スピリチュアルで言われているような「正しい生き方」は、「いい人」をやってきた人間にとっては、最後は「悲しみ」の結末となると、分かったのです。


スピリチュアルで言われているような「正しい生き方」は、「いい人」をやってきた人間にとっては、最後は「悲しみ」の結末となると、分かったのです。


スピリチュアルで言われているような「正しい生き方」は、「いい人」をやってきた人間にとっては、最後は「悲しみ」の結末となると、分かったのです。


いい人をやってきたのも、自分の尊厳が傷ついたままだから。


いい人をやってきたのも、自分の尊厳が傷ついたままだから。


いい人をやってきたのも、自分の尊厳が傷ついたままだから。


本心に従って生きると、本当に気持ちが爽やかになります。


違う生き方を始めて、自分の本心をブログに書くようになれて良かったと感じています。


本心を書く前は、こんなこと書いたら嫌われるんじゃないか、軽蔑されるんじゃないか、お客さんも来なくなるんじゃないか・・・などなど、不安いっぱいでした。


でも、書きだしたら、返って嬉しい反応を頂くようになりました。


本心に従って生き始めて、本当に良かったと思います。


何より、本心に従うと、気持ちが爽やかです。


本心を偽り、人目を気にしながらビビって生きることで得ていた、「心の平穏」など、実は安らいではいなかったのだと実感しています。


とっとと、いい人やめよう!です。


人としての尊厳が傷ついていた・・・だから、いい人をしてきた・・・生きるために・・・尊厳を癒すだけで、周りから何を言われようと、爽やかな気持ちで、自分の本心に従って生きていけるようになります。


人としての尊厳が傷ついていた・・・だから、いい人をしてきた・・・生きるために・・・尊厳を癒すだけで、周りから何を言われようと、爽やかな気持ちで、自分の本心に従って生きていけるようになります。


人としての尊厳が傷ついていた・・・だから、いい人をしてきた・・・生きるために・・・尊厳を癒すだけで、周りから何を言われようと、爽やかな気持ちで、自分の本心に従って生きていけるようになります。