目に見えないもの・・・何を連想するでしょうか?。

命、こころ、神様、霊、未来、自分の身体の内側、気持ち、想い・・・など。

人に観られないところでの努力、プライベートでの姿・・・など。

他にも連想するものがあるかもしれませんね。

目に見えないものへの敬いの気持ちがあると、これら連想したものを敬えるようになる。

美味しい料理を食べたとする。

この料理が出来るには、料理人さんが手間隙掛けて作るという原因の結果。

更に、目に見えないところで、料理人さんが料理を作るために、一生懸命勉強して、失敗料理を作り研究し・・・を繰り返す影の努力があって、出来ている。

携帯電話も・・・開発するのに、多くの人員と時間とお金、研究、試作、失敗を繰り返して、いまの携帯電話があります。

このような影の努力も、目に見えないものです。

実際、観てないですよね。

「命」自体も目に見えません。

神様も生命体。

神様を信じる人の中で、神様に対する態度と、人に対する態度が違う方が多いように観えます。

神様も本質は霊・・・生命体。人も然り。

神様を敬うことは、人を敬うこと。

本来、使い分けは出来ないものです。

神様を敬う気持ちと同じ気持ちで人と接することです。

これらの本質は、「目に見えないものへの敬い」だと思います。

すると・・・

霊を恐れることも無くなるでしょう。

心を恐れることも無くなるでしょう。

未来への不安も消えるでしょう。

病気を恐れることも無くなるでしょう。

死を恐れることも無くなるでしょう。

敬い・・・軍隊の上官の命令に従う感覚と錯覚する方も結構いらっしゃいますが、それは違います。

それはただの依存心。恐怖心。依存心とは、恐怖心です。

あくまで、敬いです。

敬うからこそ、謙虚にもなれるのではないでしょうか?。

敬うからこそ、与える気持ちになるのではないでしょうか?

敬うからこそ、相手のため、周りのために、努力できるのではないでしょうか?。

敬うからこそ、感謝の気持ちを行動に顕せるのではないでしょうか?。

敬いの気持ちに立ったとき、こころは平安ではありませんか?。

神様の前で手を合わせる・・・何も考えず。

臨死体験をしたり、ガンを克服した方は、みな全員、「生かされた命」と気づかれ、世のため人のために生きる道を選ばれます。

生かされた命と気づかない方は、また苦しみを味わっています・・・ガンも再発しています。

敬うとは、自分は生かされた命なのだと実感することです。

目に見えないものへの敬い・・・病気にならない道でもあります。

目に見えないものへの敬い・・・慈愛への道でもあります。

人が亡くなると、火葬し、目に見えない存在になっています。

死とは、目に見えないものともいえます。

目に見えないものへの敬い・・・死への恐怖も消えていきます。

目に見えないものを敬っていますか?。

その前に・・・目に見えないものへ目を向けていますか?。