仕事第一で、いつもバタバタしながらも、頑張り続けてきた方々が、行き詰ってご相談に来られた。
更に・・・一生懸命、自分の身を粉にして相手のために頑張っていらっしゃる方が、精神病になりかけてご相談にいらっしゃった。この方が力を貸している相手は皆、この方が困ったとき助けようとはしない・・・すがるだけの人達だった。
すがるだけの人に、自分の身を粉にしてエネルギーを注いだ結果・・・自分がつぶれそうになっていた。
この2つのパターンのご相談が連続している。
自分をもっと大切にしていただきたいと思う。
何かに気づいていただきたいと思う。
一度、自分を立て直すことに集中してはどうだろうか?。
どんなスーパーマンだって、同時に10人、100人、1000人、1万人にすがられたら、誰だってつぶれてしまう。
ところが、神様は平気です・・・同時に何億人にすがられても。
霊的視点に立てば、人は神様のような器になるべく、生まれてきています。
神様の前で手を合わせるだけで、こころも身体も癒され、自ら新しい行動を始めるようになります・・・ポイントは、神様の愛・エネルギーを受け取れる自分にさえなっていれば。
守護霊様の立場に立てば、人は守護霊様のメッセージ、動きに気づきません。
様々な出会いも、守護霊様がセットして下さっています。でも、人はそうは思わないし、気づかない。
守護霊様がセットして下さるのは、人がその出会いを通じて、いますべき人間力UPの学びが出来る最良の相手だと考えてのこと。
その人の好き嫌いではなく、あくまで人間力UP=霊的成長につながる相手か否かでセットします。
しかし、その出会いを掴むかどうかは、人間にゆだねています。
人がその出会いを掴まなければ、また次の出会いをセットします・・・人が、守護霊様が動いて下さっていることに気づかなくても、寿命まで続けます。
逆も然りです。人が、この相手と関わると学びにならない、むしろ成長を妨げると判断した時、守護霊様は、その関わりを絶つことをします。人間がいくら繋がることを望んでいてもです。
これは、私にも経験があります。ものの見事に関係が絶たれます。
また、飛行機に乗ろうとして、その飛行機が航空事故が起きるとします。すると、飛行機に乗る前に、怪我をするなどして飛行機に乗れなくさせることも、神様はします。
また、あまりに人への感謝の気持ちに欠け、「私が・私が」が強い人には、大病を煩わせたり、大怪我をするなどして、人の世話にならないといけない状況を作ることで、感謝を学ばせるということもします。
これは、霊的視点から観た、神様の大きな愛の一部の表現方法です。
やさしさも厳しさも両方兼ね備えているのです。
あくまで、人は神様のような器になるべく、生まれてきています。
助けてもらったら・・・次は助けてあげられる人間になっていくことが、次への道。
助けてくれた人にすがり続けては、その人もつぶれてしまうのです。
逆に、助けても助けてもすがり続ける人に対しては、突き放す・そっとしておくことも大切なのです。
神様は、苦しみの中にも喜びがあることを知っています。
だからこそ、人間に、人間が苦しいと感じることを与えるのです。
苦しい状況に陥った時がチャンスなのです。
ここで何かに気づいたとき・・・苦しみは消え、喜びがやってきます。
それを神様は知っています。
あなたは気づける人だと、神様は信じているからこそ、苦しみも与えるのです。
すべて、何かに気づいて欲しくてしているのです・・・神様は。
苦痛がひどすぎ、その人の器を越えると、人は壊れてしまいます。
だからこそ、苦痛を取り除くのです。
苦痛を取り除いたら、自分を見つめる余裕が生まれる。そこで気づくことが大切なのです。
そうすれば、同じ失敗、同じ苦痛は繰り返さなくなります。
また・・・
物事が順調に進むと、人は調子に乗り、傲慢心が浮き出すクセを持っています。
守護霊様は、敢えて物事を順調に進ませ、傲慢心が浮き出すように動くこともします。
傲慢心が浮き出すと、必ず物事は下降線をたどるようになります。ここで気づかせ、反省を促すのです。
きっちり反省して、こころを入れ替えるまで続きます。
神様は、このようなこともします。
神様の愛の一部をご紹介しました。
これらはすべて、私自身が経験したものばかりです。
このようなやり方は愛なのだと、こころから思え、自分も人に対し実践できるようになっていくほど、神様の器へ向かって行きます。
努力をし続け、きちんと気づいたとき、それこそご褒美もやってきます。
ここがミソです。
実は、努力し続けるだけでは、ご褒美はきません。
努力することは当たり前だからです。
努力して気づいたとき・・・気づいて実践したときに、ご褒美がやってきます。
この時、人は助かった!救われた!ありがたい!と実感するでしょう。
気づいて実践した時に、ご褒美を掴めるのです。
神様のやり方の一部をご紹介しました。
その人がいま何をすべきなのか、気づく時なのか、何の学びなのか?・・・この視点に立って、神様は動いています。
これが、守護霊様の視点です。この1点に徹しています。
そして、その時々で、人間に対するやり方は変化しています。
自分一人で答えに気づくときは、誰に相談しようと答えは出ません。一人になったときに気づきます。
自分ひとりで答えに気づく学びのタイミングの方がご相談に来られても、守護霊様は答えを言うな!とおっしゃる時もあるくらいです。
逆に、人に相談して答えに気づく学びのタイミングの方は、いくら一人で頑張って考えても、答えに気づけません。
神様の愛・・・少し知っていただけたでしょうか?。
神様のやり方について書こうとしたら、何百、何千ページの書籍になるでしょう。書ききれないくらいです。
それでもすべては網羅できません。
何故って?。網羅できたら、自分は神様だからです。
網羅できたと思ったら・・・それは傲慢心^^。
死ぬまで、成長は続きます。
更に・・・一生懸命、自分の身を粉にして相手のために頑張っていらっしゃる方が、精神病になりかけてご相談にいらっしゃった。この方が力を貸している相手は皆、この方が困ったとき助けようとはしない・・・すがるだけの人達だった。
すがるだけの人に、自分の身を粉にしてエネルギーを注いだ結果・・・自分がつぶれそうになっていた。
この2つのパターンのご相談が連続している。
自分をもっと大切にしていただきたいと思う。
何かに気づいていただきたいと思う。
一度、自分を立て直すことに集中してはどうだろうか?。
どんなスーパーマンだって、同時に10人、100人、1000人、1万人にすがられたら、誰だってつぶれてしまう。
ところが、神様は平気です・・・同時に何億人にすがられても。
霊的視点に立てば、人は神様のような器になるべく、生まれてきています。
神様の前で手を合わせるだけで、こころも身体も癒され、自ら新しい行動を始めるようになります・・・ポイントは、神様の愛・エネルギーを受け取れる自分にさえなっていれば。
守護霊様の立場に立てば、人は守護霊様のメッセージ、動きに気づきません。
様々な出会いも、守護霊様がセットして下さっています。でも、人はそうは思わないし、気づかない。
守護霊様がセットして下さるのは、人がその出会いを通じて、いますべき人間力UPの学びが出来る最良の相手だと考えてのこと。
その人の好き嫌いではなく、あくまで人間力UP=霊的成長につながる相手か否かでセットします。
しかし、その出会いを掴むかどうかは、人間にゆだねています。
人がその出会いを掴まなければ、また次の出会いをセットします・・・人が、守護霊様が動いて下さっていることに気づかなくても、寿命まで続けます。
逆も然りです。人が、この相手と関わると学びにならない、むしろ成長を妨げると判断した時、守護霊様は、その関わりを絶つことをします。人間がいくら繋がることを望んでいてもです。
これは、私にも経験があります。ものの見事に関係が絶たれます。
また、飛行機に乗ろうとして、その飛行機が航空事故が起きるとします。すると、飛行機に乗る前に、怪我をするなどして飛行機に乗れなくさせることも、神様はします。
また、あまりに人への感謝の気持ちに欠け、「私が・私が」が強い人には、大病を煩わせたり、大怪我をするなどして、人の世話にならないといけない状況を作ることで、感謝を学ばせるということもします。
これは、霊的視点から観た、神様の大きな愛の一部の表現方法です。
やさしさも厳しさも両方兼ね備えているのです。
あくまで、人は神様のような器になるべく、生まれてきています。
助けてもらったら・・・次は助けてあげられる人間になっていくことが、次への道。
助けてくれた人にすがり続けては、その人もつぶれてしまうのです。
逆に、助けても助けてもすがり続ける人に対しては、突き放す・そっとしておくことも大切なのです。
神様は、苦しみの中にも喜びがあることを知っています。
だからこそ、人間に、人間が苦しいと感じることを与えるのです。
苦しい状況に陥った時がチャンスなのです。
ここで何かに気づいたとき・・・苦しみは消え、喜びがやってきます。
それを神様は知っています。
あなたは気づける人だと、神様は信じているからこそ、苦しみも与えるのです。
すべて、何かに気づいて欲しくてしているのです・・・神様は。
苦痛がひどすぎ、その人の器を越えると、人は壊れてしまいます。
だからこそ、苦痛を取り除くのです。
苦痛を取り除いたら、自分を見つめる余裕が生まれる。そこで気づくことが大切なのです。
そうすれば、同じ失敗、同じ苦痛は繰り返さなくなります。
また・・・
物事が順調に進むと、人は調子に乗り、傲慢心が浮き出すクセを持っています。
守護霊様は、敢えて物事を順調に進ませ、傲慢心が浮き出すように動くこともします。
傲慢心が浮き出すと、必ず物事は下降線をたどるようになります。ここで気づかせ、反省を促すのです。
きっちり反省して、こころを入れ替えるまで続きます。
神様は、このようなこともします。
神様の愛の一部をご紹介しました。
これらはすべて、私自身が経験したものばかりです。
このようなやり方は愛なのだと、こころから思え、自分も人に対し実践できるようになっていくほど、神様の器へ向かって行きます。
努力をし続け、きちんと気づいたとき、それこそご褒美もやってきます。
ここがミソです。
実は、努力し続けるだけでは、ご褒美はきません。
努力することは当たり前だからです。
努力して気づいたとき・・・気づいて実践したときに、ご褒美がやってきます。
この時、人は助かった!救われた!ありがたい!と実感するでしょう。
気づいて実践した時に、ご褒美を掴めるのです。
神様のやり方の一部をご紹介しました。
その人がいま何をすべきなのか、気づく時なのか、何の学びなのか?・・・この視点に立って、神様は動いています。
これが、守護霊様の視点です。この1点に徹しています。
そして、その時々で、人間に対するやり方は変化しています。
自分一人で答えに気づくときは、誰に相談しようと答えは出ません。一人になったときに気づきます。
自分ひとりで答えに気づく学びのタイミングの方がご相談に来られても、守護霊様は答えを言うな!とおっしゃる時もあるくらいです。
逆に、人に相談して答えに気づく学びのタイミングの方は、いくら一人で頑張って考えても、答えに気づけません。
神様の愛・・・少し知っていただけたでしょうか?。
神様のやり方について書こうとしたら、何百、何千ページの書籍になるでしょう。書ききれないくらいです。
それでもすべては網羅できません。
何故って?。網羅できたら、自分は神様だからです。
網羅できたと思ったら・・・それは傲慢心^^。
死ぬまで、成長は続きます。