メンタル呼吸を考えたきっかけ・・・それは、これまでセラピー、スピリチュアリズムをやってきて出た結論が、結局「いまを生きる」ことに尽きるよなあと思ったことでした。
いま・・・今・・・現在。これまでの過去の積み重ねの結果が「いま」。
これまでの人生がどうであれ、過去の積み重ねの結果が「いま」。
そして、「いま」の積み重ねが、「未来」。
ならば、「いま」を納得して生きていれば、「過去のすべて」を納得して生きてきたことになる。
ならば、「いま」を納得して生きていれば、「納得の未来」を生きることになる。
「いまを生きる」ことに尽きると思ったのです。
どうしたら、「いまをより良く生きようとするのだろう?」・・・答えは・・・
「自分はいつかは死ぬのだと、こころから納得すること」でした。
そのためには、自分もいつかは死ぬのだと覚悟することでした。
自分も限られた命なのだと。
ホスピスに入院しているガン患者の方々は、自分の人生の終わりを意識せざるを得なくなり、如何に生きるか!を考え出します。
そして、「いま何ができるかな?。明日はあれをしよう!今日はこれをしよう!これができるな!」と前向きな考え方に変わっていき、「いまを生きる」ように変わっていくのだそうです。
自分の死に、自分の人生に納得が行った方は、穏やかな死を迎えるのだそうです。
これまで、看護士から教わった「ホスピス患者の気持ち体験ワーク」「臨死体験ワーク」など、死と向き合うワークもやってきましたが、ワークをしたときは実感しても、すぐに忘れてしまう・・・こんな受講生の姿を見続けてきました。
実際に自分が末期ガンになって、初めて自分がいずれ死ぬのだと納得し、よりよい人生を生きるよう考え方が変わり、「いまを生きる」・・・これしかないのか?・・・哀しく思いました。
「いまを生きる」とは、「生き切る」こと。「寿命を全うする」意味です。
「ただ嬉しく・楽しく生きる」という考え方では、自分の死が近づくと、じたばたしてしまうのです。
やるだけのことはやった!と心から納得したとき、人は自分の人生がこれで良かったと思えるし、生まれてきてよかったとも思え、穏やかな死を迎えるのです。
じゃあ、自分はいずれ死を迎えるとピンと来ない方々が「いまを生きる」には、どうしたらいいのだろう?をずっと考えていたのです。
それがメンタル呼吸開発のきっかけでした。
医療技術の進歩により、末期ガンの痛みは、相当緩和できるようになったそうです。昔の「のたうち回る」イメージとは、かなりかけ離れているそうです。
痛みは緩和されてきた・・・しかし自分の死は確実と医者から宣告を受けている・・・しかもあと何ヶ月と期限まで・・・
これによって、いまを生きるように、前向きに生きるように変わっていく・・・
痛みの緩和は、「いまを生きるよう」「前向きに生きるよう」「穏やかな死を迎えるよう」に行っているようなものです。
痛みが辛すぎると、自分を見つめるどころか、生き方を考えるなど無理ですから。
スピリチュアルも同じ。個人セッション・講座・セミナーも本質は同じ。
ただ身体の痛みを、こころの痛みを無くすためにしているのではなく、苦しみを楽にすることで、自分を見つめ、自分の生き方を見つめなおすために行っているのです。
あなたの痛み、苦しみ、悩みは、これまでのあなたの生き方の「結果」なのですから。
世の中にある様々なセラピー、ワークショップ、メンタルトレーニング・・・どれも「自分はいずれ死ぬ」ということに向き合うことを避けているように思えました。
従来の呼吸法もです。ここが納得いかなかった。
一方、「死」という言葉を使うと、みな怖がって受講はしたがらない。また、死をいう言葉を使わなくても、講座・セミナー等で「死と向き合う」ことをすると、「辛い!」と思い、こんな思いは人にさせたくないと思い、口コミも動かない・・・このジレンマにも向き合っていました。
じゃあ、自然と、いつの間にか、死と向き合い、自分はいずれ死ぬのだと、無意識に納得し、いつ間にか「いまを生きる」ようにならないだろうか?と考え続けたわけです。
それで出来たのが、メンタル呼吸。
自分を言い聞かせてはいけない。
納得いかないのなら、自分が納得いくまで追求することが大事と思います。
しっかりと自分の生き方を考えることが大事だと思います。
先日のニュースでは、ついにお祖父ちゃんが、自分の妻を、息子夫婦を、孫を殺す事件まで・・・。
自分を苦しめている人を殺せば、自分は楽になれると思ってしまう発想・・・弱いこころ・・・治さなきゃ。
自分が楽になることばかり考えてると、こうなる。
楽になると思って家族を殺してから、本当の苦しみが始まります。
こうなる前に・・・
自殺してから、あの世に行ってから本当の苦しみが始まります。
こうなる前に・・・
自分の生き方をよく考えて欲しいと思います。
そうしたら、よりよい人生を歩めるのですから。
いま・・・今・・・現在。これまでの過去の積み重ねの結果が「いま」。
これまでの人生がどうであれ、過去の積み重ねの結果が「いま」。
そして、「いま」の積み重ねが、「未来」。
ならば、「いま」を納得して生きていれば、「過去のすべて」を納得して生きてきたことになる。
ならば、「いま」を納得して生きていれば、「納得の未来」を生きることになる。
「いまを生きる」ことに尽きると思ったのです。
どうしたら、「いまをより良く生きようとするのだろう?」・・・答えは・・・
「自分はいつかは死ぬのだと、こころから納得すること」でした。
そのためには、自分もいつかは死ぬのだと覚悟することでした。
自分も限られた命なのだと。
ホスピスに入院しているガン患者の方々は、自分の人生の終わりを意識せざるを得なくなり、如何に生きるか!を考え出します。
そして、「いま何ができるかな?。明日はあれをしよう!今日はこれをしよう!これができるな!」と前向きな考え方に変わっていき、「いまを生きる」ように変わっていくのだそうです。
自分の死に、自分の人生に納得が行った方は、穏やかな死を迎えるのだそうです。
これまで、看護士から教わった「ホスピス患者の気持ち体験ワーク」「臨死体験ワーク」など、死と向き合うワークもやってきましたが、ワークをしたときは実感しても、すぐに忘れてしまう・・・こんな受講生の姿を見続けてきました。
実際に自分が末期ガンになって、初めて自分がいずれ死ぬのだと納得し、よりよい人生を生きるよう考え方が変わり、「いまを生きる」・・・これしかないのか?・・・哀しく思いました。
「いまを生きる」とは、「生き切る」こと。「寿命を全うする」意味です。
「ただ嬉しく・楽しく生きる」という考え方では、自分の死が近づくと、じたばたしてしまうのです。
やるだけのことはやった!と心から納得したとき、人は自分の人生がこれで良かったと思えるし、生まれてきてよかったとも思え、穏やかな死を迎えるのです。
じゃあ、自分はいずれ死を迎えるとピンと来ない方々が「いまを生きる」には、どうしたらいいのだろう?をずっと考えていたのです。
それがメンタル呼吸開発のきっかけでした。
医療技術の進歩により、末期ガンの痛みは、相当緩和できるようになったそうです。昔の「のたうち回る」イメージとは、かなりかけ離れているそうです。
痛みは緩和されてきた・・・しかし自分の死は確実と医者から宣告を受けている・・・しかもあと何ヶ月と期限まで・・・
これによって、いまを生きるように、前向きに生きるように変わっていく・・・
痛みの緩和は、「いまを生きるよう」「前向きに生きるよう」「穏やかな死を迎えるよう」に行っているようなものです。
痛みが辛すぎると、自分を見つめるどころか、生き方を考えるなど無理ですから。
スピリチュアルも同じ。個人セッション・講座・セミナーも本質は同じ。
ただ身体の痛みを、こころの痛みを無くすためにしているのではなく、苦しみを楽にすることで、自分を見つめ、自分の生き方を見つめなおすために行っているのです。
あなたの痛み、苦しみ、悩みは、これまでのあなたの生き方の「結果」なのですから。
世の中にある様々なセラピー、ワークショップ、メンタルトレーニング・・・どれも「自分はいずれ死ぬ」ということに向き合うことを避けているように思えました。
従来の呼吸法もです。ここが納得いかなかった。
一方、「死」という言葉を使うと、みな怖がって受講はしたがらない。また、死をいう言葉を使わなくても、講座・セミナー等で「死と向き合う」ことをすると、「辛い!」と思い、こんな思いは人にさせたくないと思い、口コミも動かない・・・このジレンマにも向き合っていました。
じゃあ、自然と、いつの間にか、死と向き合い、自分はいずれ死ぬのだと、無意識に納得し、いつ間にか「いまを生きる」ようにならないだろうか?と考え続けたわけです。
それで出来たのが、メンタル呼吸。
自分を言い聞かせてはいけない。
納得いかないのなら、自分が納得いくまで追求することが大事と思います。
しっかりと自分の生き方を考えることが大事だと思います。
先日のニュースでは、ついにお祖父ちゃんが、自分の妻を、息子夫婦を、孫を殺す事件まで・・・。
自分を苦しめている人を殺せば、自分は楽になれると思ってしまう発想・・・弱いこころ・・・治さなきゃ。
自分が楽になることばかり考えてると、こうなる。
楽になると思って家族を殺してから、本当の苦しみが始まります。
こうなる前に・・・
自殺してから、あの世に行ってから本当の苦しみが始まります。
こうなる前に・・・
自分の生き方をよく考えて欲しいと思います。
そうしたら、よりよい人生を歩めるのですから。