こんにちは。大輔です。しばしお付き合いを。

  多くの人がそうだと思うけど、私もよく知らない、『淡谷のり子 夜霧のブルース』

今回は義父の上司、元ブルガリア大使:蜂谷さんのお話し。     

 

    ブルガリアの大使館に、地元のラジオ局から、リクエスト!  (戦前の話ですよ、念のため!)

   日本を紹介するのでレコード(今でいうCD)を2,3枚貸してほしいと。蜂谷さんが持参した中の一枚が

  『淡谷のり子 夜霧のブルース』(1937年日本で大ヒット)。 

 レストランでバンドマンが、日本人と見るや、チップ欲しさに演奏するそうで・・・・・・かなりヒットしたのね💖 

    紹介して後悔する蜂谷さん。後悔しても後の祭りと言いますが、今回は、これから大きな祭りが!

 

   淡谷のノリピー?が、昭和56年?にブルガリア政府から招待を受け、勲章を受賞するのですが、本人は、

  そんな事とは、つゆ知らず。TBSラジオで、

 『何故呼ばれたか分からない~』との放送を、義父がたまたま、聞いて、局と蜂谷さんに報告。

 

言葉って神!引き寄せたよ!時を越えて。  改めて実感。話したり、書いたり発するの大切

 

そんなご縁で、後日、TBSテレビが蜂谷さんにインタビュー。

(気分は浪曲師だな~ 風水師なのに。三味線は@千春さん!! ヨロシク!)

 

(ベン!)所が所が!インタビューの放送直前!!蜂谷氏が急逝(ぺん!!)

お通夜を中断!皆で視聴と相成なりました(ペケペン)お坊さんが腰抜かす!!  

あ~、  しゃて~る~~~   (ベベン!!) 

 

 

 

 

 

 

スピリチュアルと言います!!!  (違うでしょ?)

 

  ここから私の好きな所!!

 

     会長から、葬儀の弔辞作成を頼まれた義父は、徹夜を覚悟。 

   あいさつ文の作成経験あるも、弔文は初めて。神道なら祝詞仕立てでいけるのでしょうが、神主ではないし・・・パソコンのない時代。 コピペなんてとんでもない。下書きを繰り返した(と思う)。 戦前の人に鍛えられた義父の表現は『若いのに古風だね~』と。 

  吉田茂さんの好みですと言うわけにもいかず・・・書いたら、書いたで、その都度、容赦ない赤字の、手直し、修正が・・・

   記憶の書き換え、ならぬ会長好みへの書き換え・・・

 

  蜂谷さんには3人のお子さんがいらして、義父は『4人目の末っ子』として奥様からも、かわいがられたとの事。

世話になった、父同然の蜂谷さんの為、渾身の仕上げ・・・・

 

 翌日、キッチリ仕上げ、会長へ。いつもの通り赤字で修正されると思い、会長の顔色をうかがい、返事を待っていると・・・・

 

『ところで、君は蜂谷さんとの付き合いは、何年になるの? 

 

         

 

    そう、  私より長いのか』

 

 それだけ伝え、封を懐に、そっと、仕舞う会長。 

  義父の想いが、そのまま、

お別れの言葉として添えられたのでした。 

                   蜂谷さんと義父との絆を・・・慮って頂き、感謝!😢

 

私は何度聞いても、この話が大好きで、チャンスがあれば、この話を聞きたく、話しを振るのでした。

 

 しかしー、遺産相続問題に発展。

『私が書いたのだから、返して欲しい』 『我が家で大切に保管しますっ!』 

 岸信介会長が読み上げた弔文を、奥様と奪い合う事に。

 

あの世でも続けていると思う(>_<) 

 

引寄せ合う23期 大輔。