忘れがちなコト。
Normal.dotm 0 0 1 155 888 わたし 7 1 1090 12.0 0 false 10 pt 0 2 false false false $([\{£¥‘“〈《「『【〔$([{「£¥ !%),.:;?]}¢°’”‰′″℃、。々〉》」』】〕゛゜ゝゞ・ヽヾ!%),.:;?]}。」、・゙゚¢ /* Style Definitions */table.MsoNormalTable {mso-style-name:標準の表; mso-tstyle-rowband-size:0; mso-tstyle-colband-size:0; mso-style-noshow:yes; mso-style-parent:""; mso-padding-alt:0mm 5.4pt 0mm 5.4pt; mso-para-margin:0mm; mso-para-margin-bottom:.0001pt; mso-pagination:widow-orphan; font-size:12.0pt; font-family:"Times New Roman"; mso-ascii-font-family:Century; mso-ascii-theme-font:minor-latin; mso-hansi-font-family:Century; mso-hansi-theme-font:minor-latin; mso-font-kerning:1.0pt;} Normal.dotm 0 0 1 163 932 わたし 7 1 1144 12.0 0 false 10 pt 0 2 false false false $([\{£¥‘“〈《「『【〔$([{「£¥ !%),.:;?]}¢°’”‰′″℃、。々〉》」』】〕゛゜ゝゞ・ヽヾ!%),.:;?]}。」、・゙゚¢ /* Style Definitions */table.MsoNormalTable {mso-style-name:標準の表; mso-tstyle-rowband-size:0; mso-tstyle-colband-size:0; mso-style-noshow:yes; mso-style-parent:""; mso-padding-alt:0mm 5.4pt 0mm 5.4pt; mso-para-margin:0mm; mso-para-margin-bottom:.0001pt; mso-pagination:widow-orphan; font-size:12.0pt; font-family:"Times New Roman"; mso-ascii-font-family:Century; mso-ascii-theme-font:minor-latin; mso-hansi-font-family:Century; mso-hansi-theme-font:minor-latin; mso-font-kerning:1.0pt;}鬼の形相をして、こちらを見ている人が、実は後ろに守るべきダレか、もしくはナニかを抱えていて、それを、ジブンが傷つけるかも知れないという疑念が、その人を鬼にしていた。そんなコトに気づく瞬間があります。ジブンから見ると、見えるときはいつも、その人は鬼なわけです。なので、ジブンにとっては、まことに厄介な相手で、桃太郎がいてくれたらなぁと思いますし、きびだんごで、どうにかならないだろうかと、藁をも掴む気持ちで、もはや神頼みみたいなことを考えたりもします笑。でも、肝心なのは、他でもないジブンが、その人を鬼にしているということ。往々にして、ジブンはそれに気づいていないということなんだと思います。ジブンという人間が、意識を持って、物理的な身体をもって存在している限り、何かしらの立場やポジションを、否応なくとることになります。会社とか、それ以外の組織に所属していたり、考えとか思想といった意味で、方向性が同じ人と行動を共にしたり、といったことがあるわけです。それらは、余程意識的にならなれば、ジブンにとっては日常的なこと、自然なことなので、その人とのコミュニケーションの不調が、実は<立場>によるものであることを気づけないのだと思います。ジブンのことで考えてみても、<鬼>の部分があるし、そんな顔をすることがあります。それは、偏にジブンの存在意義が危ぶまれるような状況とか、その人のように、何か守るべきものがあるとか、そんなときなわけです。ぐいぐいっと、一旦ジブンの<立場>に意識的になって、そこからひょいっと動いてみるなり、飛んで見るなりして、たてとかよことか、その人との関係を、別の角度から、そのまた別の確度から三次元的に見てみる。ジブン以外のダレかとの関係を考えるときは、そんなことをするだけで、こんがらがった糸を解く、糸口が見つかるように思えます。人はだれしも、じぶんが安全であると思える<場所>では、むやみに攻撃したり、そんな姿勢を取ったりはしないと思うのです。相手対して寛容に、やさしく振る舞えるものです。でも、ジブンとの関係は、そうではない。そんな状況をつくっているのは、他でもないジブンかも知れない。そんな想像力が必要なように思います。相手の不安とか、そのありかを共有できるくらいの余白が、ジブンのココロにもあるといいのだろうと思えます。ジブンが見ているその人は、<その人>のほんの一部でしかない、ということを、きちんと見えるトコにメモ書きしておかないとなと思ったのです。よくよく考えてみれば、当たり前のことなんですけどね…笑。ばいびー笑。