顔がいっぱいのアパート

 

東京の下町に、「顔アパート」と呼ばれる古びた建物がある。

 

正式名称は「川端荘」なのだが、住民たちの間でも、近所の子どもたちの間でも、誰もそうは呼ばない。

 

このアパート、何がすごいって、壁や床、天井のあちこちに「顔」が見えるのだ。

 

シミ、ヒビ、剥がれかけた壁紙。

 

すべてがなぜか絶妙な配置で「目・鼻・口」になっていて、油断していると、部屋の隅から誰かが見ているような錯覚に陥る。実際に住んでいる人の証言では——

 

 

「冷蔵庫の側面にニヤッと笑うおじさんがいるんですよ。夜中にジュース取りに行くと、目が合ってしまう。」

 

「風呂場のタイルの模様が、どう見ても泣き顔なんですよ。入ってると申し訳ない気持ちになるんです。」

 

パレイドリアが見える青年

 

そこに住む大学生・ヨウスケは、幼い頃からパレイドリア(無関係な模様や形に意味ある顔などを感じる現象)が異常に強く、

 

雲を見れば怪獣、木目を見れば老人、マンホールで宇宙人が笑っているように見える。

 

そんな彼にとって「顔アパート」はまさに天国(あるいは地獄)だった。

 

ある晩、彼は寝ぼけ眼でトイレに行き、ふと天井を見ると、そこに「怒った顔」が浮かんでいた。

 

「誰だ、人んちの天井で怒ってんのは」と冗談めかして言うと、その顔が一瞬だけ動いた気がした。

 

顔が話しかけてきた

 

その日を境に、顔たちが彼に話しかけてくるようになった。

 

「またカップラーメンか、身体に悪いぞ」


「ちゃんと教授にレポート出したのか?」


「今日は疲れてるんじゃないか?もう寝なさい。」

 

……彼は最初、自分の精神を疑った。

 

でも不思議なことに、顔たちの言うことはいつも正しかった。

 

おかげで成績は上がり、体調も良くなり、彼女までできた。

 

そして卒業の日

 

数年後、就職も決まり、ヨウスケはアパートを出ることにした。

 

引っ越しの最後の日、彼は壁の一つ一つにお礼を言って回った。

 

すると、今まで一度も動かなかった部屋のドアの木目の顔が、はっきりと口を動かしてこう言った。

 

「お前がここを出たら、しばらく誰とも話せないな……元気でな。」

 

ヨウスケは黙って一礼し、部屋を後にした。

 

そして現在。

 

「顔アパート」は、なぜかパレイドリア感受性が高い人しか住めないという、

 

ちょっと不思議な噂が広まっている——。