チョコレートが売れる仕掛け、あるいはバレンタインデーという喜劇
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今年もバレンタインデーという喜劇の季節がやってきた。
ほとんどの日本人はキリスト教徒ではないのに、かかわりのないバレンタインさんを担ぎ上げ、チョコレートを買いまくる日が近づいてきた。
これは、ぜったいにチョコレート業界の陰謀だ。
そうでもしない限り、チョコレートがこんなに売れるわけがない。
土用の丑の日に「うなぎ」を食べようというキャンペーンは、なんでも、平賀源内さんが考えたそうであるが、チョコレート業界にも平賀源内のような「仕掛け人」がいたのだろう。
わたしの記憶では、わたしが中学生のころ、すでにこの行事があった。
そのころは、たしか、お返しまでは行事に含まれていなかったと思うが、現在では、チョコレートをもらったお返しに、飴などのキャンデーをあげることになっている。実に不思議な風習ではある。
女の子が恋の告白をチョコレートをプレゼントすることで男の子に伝える。
その昔は、そういうチャンスは祭だった。
思うに、そういったチャンスは、祭にも今でもあるにはあるが、昔ほど強烈ではなく、こんな風な祭として、バレンタインデーが位置付けられたのだろう。
なかなかうまい仕掛けを考えたものである。
恋の情熱とチョコレートの購買意欲を結びつけるなんざ、ただものではあるまい。
しかも、このごろは、そこにキャンデー業界も乗り出してきた。もらったのだから、お返ししなくちゃ、というわれわれの心理状態を利用したなかなかの仕掛けである。
日常的には、そんなにある一つのものが、大量にどっと売れるわけがない。だから、わざと非日常を作り出す。
土用のうなぎもバレンタインデーのチョコも同じだ。
前者は健康スタミナ、後者は恋ごころ。
こんなような仕掛けは、他にもたくさんごろごろしている。
はたして、ものを売る側だけの企みなのか。いや、わたしたちもそうした非日常を演出する仕掛けを望んでいるのかもしれない。
人生を楽しむために。
だから、多くの人が結婚式のときだけ、キリスト教徒よろしく、教会で神父さんの前で、厳かな儀式を味わうのである.
ひとつ、なんか、その、みんなの人生を楽しくして、わたしも儲かるような「はれのまつり」を考えてみようじゃないかというこころもちが湧いてきた。