孫さんのこと
携帯電話ビジネスでNTTへ挑む孫さん
孫さんとはじめてお会いしたのは、ソフトバンクが、その名のとおり、基本的にパソコンのソフトウエアを仕入れて販売する「パソコンソフト卸業」だったときのことである。
その当時、わたしはオーストラリアからソフトを輸入して日本語版商品として発売する仕事をしていた。当時としては、ちょっと変わったソフトで、だれもかれもがNEC9801をメインターゲット(というよい唯一のターゲットが多い)にしていた時代に、すべてのパソコンで動くように開発されていた。
(その代わり、一般的なソフトが採用していた美しいグラフィックを使っていなかった。)
その時代は、1980年代で、やっとパソコンがビジネスとして認められつつあり、パソコン用ソフトの市場も形成されつつあった。その市場を日本ではじめて作ったのが孫さんだった。
それまでは、オフコン(パソコンより当時は性能がいい小型コンピュータを、こう呼んでいた)のディーラーが、ソフトも個々の顧客に販売していて、けっこういい値段で販売され、オフコン関連のビジネスが急成長を遂げていた。そんな中、ソフトを独立したコンシューマ商品として流通させるようにしたのが「ソフトバンク」だった。その名の通り、「ソフトウエア」の「バンク(卸)」だったのである。
当時、孫さんとは、個人的にではなく、パーティーで数回お会いして、名刺も交換し、言葉も交わした。それ以上のことはない。が、ソフトバンクとは、ビジネスで実際に深く付き合っていた。わたしが会社をつくったときも、当時ソフトバンクでわたしとコンタクトがあった人たちのお力で、すごく助かった。今でも、きっと、酒を飲もうといえば、付き合ってくれる「悪友」がいる。
孫さんは、いつも「ものしずか」で、やわらかい微笑みの表情をしていた。
今回の記者会見を見ると、その当時と、ビジネスの姿勢が同じであることがわかる。あと当時から、すでに今日の大ソフトバンクの構想を練っていて、着々と実行していたに違いない。(年齢はほぼ同じだが、わたしなんかとは雲泥の差である)
しかし、原点の思い出とは不思議なもので、1兆円も投資して、携帯電話会社を買ってしまった男に、なぜか親近感を感じてしまう。
<あるいは、ちょっと不遜かもしれないが、わたしにも孫さんと同じ種類のビジネスのDNAがどこかにあって、いまだに共鳴するのかもしれない>
新しいビジネスの芽がある限り、可能性は大きく広がっている。
わたしもどうにか、がんばらなくっちゃ。
