この話しは俺の大学受験の頃の話から始まるんだ。俺は普通の公立高校に通っていたわけだが、
俺の地域の中では、学力が上の方の公立高校だったんだ。この高校で学力で言えば中の中って所だったと思う
まぁ高1から塾へ通っていたのに中の中ってのもどうかと思うけど・・・
まぁ出来は悪くもなく良くもなくって所だったんだ。
特に高校の頃には恋愛で何かあるとか友人関係で何かあるとかそんな物もなく何にもおもしろくない高校生活
だったんだ。そんな生活を繰り返したある日通っていた塾である光景を目にしてしまったんだ。ある一人の女性
が泣いている姿を・・
遠目からその様子を見ているとどうやらその女の子は塾の先生と話しながら泣いている様だった。
聞き耳を立てながら話を聞いていると明日センター試験が迫っているのに簡単な問題も解けず
パニックになり泣きだしたらしい。そんな光景を目にした俺は俺の中に今までの人生で感じた事のないものが
こみあげてきたんだ。 当時高校二年生だった俺は 『来年の今頃このままだと俺もこんな風になってしまうの
か。嫌だ。俺はこんな風にはなりたくない。』 そんな感情が湧き出してきたんだ。今までにない感覚だった。
今まで授業の50分以上勉強をした事がない俺が一日6時間机に向かう。そんな日常が普通になっていた。
そんな生活を1年続け英語の偏差値を50から56へとあげる事に成功した。国公立志望だった俺は
センター試験を終え私立の試験も終え合格通知を待つだけになった。私立と公立合わせて8学部受けた
俺は期待と恐怖にさいなまれながら一日一日と過ごしていた。2月も中旬に入り怒涛の合格通知ラッシュ。
ハガキをめくれどめくれど書いてあるのは不合格。この3文字だった。弟が散らかった不合格通知で神経衰弱
をしていたのを今でも覚えている。たった一つ受かった大学。この大学こそ後々俺の通う事になる大学だった。
当初受けるつもりさえなかった大学。母親から念のために滑り止めに受けときなさいと言われて
渋々受けた大学だった。不合格通知のラッシュの後この大学へ通うか浪人するか何日も悩んだ。
当時この1年間してきた生活を後1年も繰り返さないとだめなのかと考えるだけでゾッとした。
また何より仲の良い友人がみんな浪人せず進学を決めていた事も浪人という選択肢を取りたくない理由の
一つであった。
結局ただ一つ受かった滑り止めの大学に進学する事に決めたんだ。こうして俺の大学生活が始まったんだ。