面白い本面白い記事面白い話に出会うと、
頭の中がムチューになって、
あれもこれも考えられてしまいます。

直ぐにでも活かして応用したくてやっちゃえとなるのなるのが、また面白いところです。




今朝、これを読みました。

"逆境の資本主義 高木新平さん" 日経インタビュー記事

福代表のひろきが朝早くから、
"勉強になりすぎちゃうから読んでみろ!" と送ってきたのですが、


"興奮して高木さんにすぐ連絡するなよ!
馬鹿だと思われたら即死だそ!"

的なことが加えて書いてありました。


良ーく僕のことをわかってらっしゃる笑

限界を知らない馬鹿じゃないと世界は動かないと信じてますが、今日は彼に敬意を表して言うとおりにしようと思います。

なので大人しく記事シェアしてブログを書いてます。



リンクを開いて読み進めると、
序盤で面白いことに気付きます。

"ラーメンよりカレーは広い受け皿、カレーはきっかけ、カレーは何を混ぜても美味しい"

それをビジネスとして新しい形の飲食店に当てはめてるんですね。


これを見ると、
『明らかにこれは人と違う観点だ。カレーからビジネスは考えたことないぞ。アーティストか?』

ということでWikipediaさんで高木さんのこと調べたり、他の記事読んで調べてみましたが。

アーティストではなかった。


でも、

繊維研究会や、ファッションショーを若い頃からやってらっしゃるのを見て、好きなことを追求してきた人ですね。



物事を色んな角度から見るのって、

自分に全然発想ないから"天才か!"

と思いがちですが、
センスとかじゃなくて、

どれだけ目の前のことが好きで研究してきたかに左右されます。
なので、自然と哲学的になったりします。



好きなことで上達するのは、
努力という感覚ないですからね。
ムチューになって、
味がでなくなるまで
かぶり付くようなイメージです。



アーティストもそうなんですね。

突き詰めていくと段々哲学的になってく。
自分が納得いく作品にするために、
ありとあらゆる可能性に仮説を立てて、
実際にやってみますからね。
イケてる経営者って、
やっぱりアーティストみたい。


哲学というと、
重くて拒否反応でる人もいるかもしれませんが、
これ分かりやすくてオススメです。

(山口周さん
"武器になる哲学"  発売2018年5月18日)




さて、記事の中で

"消費行動のおける価値が変わってきた"

と書かれてるんですね。

昨日も僕自身ブログで書きましたが、
お金の価値が変わってきてるのは、
テクノロジーの驚異的な発達段階にあるからなんですね。


そして、もっと変わってく。


今、この時に長い目を見て事業計画を立てることは、昔と違ってめちゃくちゃリスクな訳です。


これだけ聞くと○○の予言みたいで、
イマイチ信じれない人もまだ多いと思います。


例えば、
モノ自体に価値が置かれてた時代には、
スポーツカーでも、高級ブランド品でも
モノを買う行為自体で、
自分のブランディングが成立してた。


"お金→モノを買う"


がストレートだったんですね。


でも、
情報が佃煮にできるぐらいある今は、
個人のお金を使う選択肢が無数にある状態です。


じゃあみんなどこにお金を使うのか?


自分の好きなこと、
好きな人(アーティストも)、
応援してる人、
自分が共感できる活動をしてる人に対してなんですね。


イベントのスタッフとして、
自分でお金払って参加してくれる人もいるくらい。

自分がその一部になることで、
自分の居場所を感じたり、
会社や家族や学校では感じることのできない充実感を手にいれてもらえるワケです。


これ、気付いとかないと
伝統文化側の人は危険かもしれませんね。


でも、
元々習い事とか、芸事とか、
この構図があるから、チャンスでもあります。


サードプレイスを満たすための構図が、
元々あるから。


だから、
マイナーチェンジが必要かもしれません。

お稽古生が自主的に
アイデンティティに気付きにくる仕組み。


キャリア経験年数が絶対とされる
芸事の世界では、
師匠、先輩たちに逆らうことって
まず、すぐにはできないんです。

その構図には、
その構図の良いところがあります。

舞台上の表現の、
目に見えない美意識は、
ここを外すことはできないです。


だから、
ちょっと関係ないオフのときにでも、

"下克上レクリエーション"みたいの、
めちゃくちゃ価値あると思うけど笑

下克上される側の僕がこういうのは変ですが笑


稽古生主導の企画で、
全て言うとおりに実行していくような笑


稽古生が得意なことじゃないとだめなので、

ごはん作ったり、
でっかい体育館みたいなところ借りて、
サッカーとかバスケとかやったり。
大縄とか誰でもすぐやれるから面白いかも。

運動会とか、文化祭みたいなノリですね。



元々の習い事の組織構図はあるので、
それぞれ普段見ることのできない、
互いに逆側の視点を生み出せたら、
価値あると思う。


伝統文化とかアートって、
これから来る時代で、
変わっていくであろう
"価値"と、
元々すごい近いところにあると思う。


些細なことを何か変えられたら一気に、
時代に浸透していく。


スッゴい話が膨らんでますので、
記事の内容はもう
勝手に見てください笑

僕なりにパソコンで原稿に落としてるので、欲しかったら遠慮なく言ってください笑


"お金→モノを買う"

の間に

"お金→意味→結果モノを買う"

ということですね。



意味を見いだすために、
お金を払う側が自分のアイデンティティを探すのは、ごく自然なことですね。


高木さんの視点を見て思ったんですが、
一つのコンテンツ、
カレーだったらカレー、
太鼓だったら太鼓で、
個人が感じる本質は、
一つじゃなくて良くて、
それぞれでもいいと思う。


僕が願う、
好きなことを一所懸命やる人が世の中の大半になったら、こういう6CURRYさんみたいな場所はもっともっと価値が出てくると思う。


そして、この考えは
教育の現場にだって応用できる。


今の学校は年齢で学年を分けられて、
まずは決められたことを習って、
評価されてくのが主流だけど。

江戸時代にあった寺子屋のように、
年齢混ぜてフリースクールみたいな形で、
子どもたちがそれぞれ興味のあることをグングン勉強して、爆発的に成長できる場所が、現代には求められてるかもしれない。


なんで、みんな一緒じゃなきゃいけないねん!
ってね。


僕は"発達障害"という呼び名が、
実はキライなんですが、
"個人才能"みたいに呼び方変えるだけでも、
子どもたちは生きやすくなる。


僕だって恐らくそうです。

太鼓やるし、社長やるし、講演するし、ブログ書くし、料理やるし、詩も書く。

色んなことやってるように見えるけど、
というかやってるけど、
人を元気にすることがめちゃくちゃ好きというのが共通点で、
自分の本質の一つだと思ってます。


押し込められて肩身の狭い子たちがいたら、
安心してください。

好きなこと一所懸命やってたら、
生きれるから笑

立派ではないかもしれないけどね笑


では、記事の内容はコチラデス
↓↓





2020年 4月18.19日
『つながる和太鼓フェスティバル  2020』