遠い記憶から引っ張り出されたその名は、
開高さんの本の一節からだったと思う。
・・・ホルベック。
「風に訊け」の中で、
アインシュタインがパイプを愛していたことを知った。
「パイプは、それを喫う人をして方法的ならしめる
何物かをもっている」
何を言ってるのかさっぱりわからない。
この場面のアインシュタインとは、
Dr.エメット・ブラウンの飼い犬のことでないのは勿論だ。
ほんの4年前に帰幽した父は、常にパイプを咥えていた。
大して道楽もない父だったのだが、
その父の口から聴いた名が「ホルベック」だった。
初耳のその響きからは、なにか欧州の乾いた色が浮かんだ。
父の机の中には今でも数本のパイプが入っている。
パイプだけではなくて、
ヤニを取る器具や葉っぱを入れる革細工製品も健在だ。
どうも全てを総称して「パイプ」と呼んでいた形跡がある。
それは、ワタクシの独断かも知れないが、そうあって欲しいとも思う。
ワタクシが、インチ工具やオイル缶、
果ては革ジャンまで「バイク」と呼ぶように。
煙をくゆらす時だけではなくて、管をこよりのようなもので掃除する時など、
どれが欠けてもパイプの味が半減するかのように、馬鹿丁寧な作業だった。
子供が玩具に夢中になるようなもので、
これはどの男性諸氏にも頷けられることであろうと思われる。
数年前、父がガラクタ扱いしていたコーンパイプに葉っぱを詰めてみた。
実は一時期、パイプにかなりの時間を費やしていたことがある。