この続きです。





目標って、達成するまで、

例えば、登山に例えると、

下から登っていってる途中は

まだ頂上が遥か先だし、見えないしで、

頂上に到達した時の気持ちや景色はわからない

じゃないですか🏔️





でも、自分の心の中では

『きっとキレイな景色が見えるんだろうな』

『すごい達成感あるんだろうな』

とか、ルンルンとした、

ワクワクした、キラキラとした、

気持ちを味わいたいっていう下心というか、

そういうものがあると思うんですよ。

(登ってる最中から登っても意味ねーよと思いながら

登ってる人はいないと仮定してね)





だから、

達成した時の自分、

ゴールした時の自分や見える景色に

対して、めちゃくちゃ期待してる、

ドラマチック症候群を起こしかけて

いる状況なんですよ。




 

でも、ある意味これが

真理かなと思うんですけど、

登ってる最中、途中、過程の方が

楽しい。

後から振り返ったらあるあるだと思うんです。

目標って、ある一点の点でしかないから、

あくまで通過点でしかないから。

クリスマス、大晦日、元旦みたいなもんで、

その時は盛り上がっても、

すぐ通り過ぎちゃう。


 



で、もうわたしもまさにそれで、

目標達成した時も、

うわっ、めっちゃくそ

うれしいびっくりマークやったびっくりマーク

っていう感じよりも、

ふーん、こんなもんか凝視

だったんです。

(バチ当たりがって思わないでねよだれ)



 

こんなにも感動がないんだなって、

思ったことの一つには、

これが理由かなと思います。 

1,000万円貯めて、何かをしたいって

いう目標がなかった。

ただひたすら貯めることが目標だった

だけで、この資本を基にお店を出す!

とか、世界一周の旅に出る!とか

なーんもなーんもなかったんですネガティブ


  



で、前のブログに逆に何かを失った

気がするって書いたんですけど、

その正体っていうのが、

もちろん手元(通帳)の中身には

お金があるんですけど、

わたしの生活を見渡してみたら、

頭の声全開で選んだモノたちに

しか囲まれてなかったんですよ無気力

至極当然な話なんですけど。

その当時の買うの基準が、

うわ、かわいい!欲しい!

じゃなくて、

安いか否か。以上凝視ドヤ

だったからです。

お金持ってたのにですよ、

わたしって少数派?よだれ

変なやつ?よだれ





貯めてる時は、

全然気にならなかったんですけど、

ふと目標を達成した時に、

すんごい虚しくなったことを

すんごい覚えてますネガティブ

なんだ、

この何ともいえない空虚感は何だ?驚き

何でわたしはこんなに虚しいんだ?驚き

って、自分の感情に驚きましたガーン





目標を達成した時の自分は、

もっと幸せになってるだろう、

もっと素晴らしい景色が広がってる

だろうって、期待していたのに、

ルンルン、ワクワクしてたのに…

この落差ネガティブ






しかしこの出来事が、きっかけになり

わたしの中で、

外側の状況と内側で感じる

幸せは、イコールではない

かもしれない凝視

と思うきっかけになっていったのでした。






またまた長くなったので

続きますガーン

ひきのばすねー指差し