3月で99歳を迎える、わたしの婆ちゃん
 
 
生まれたときからずっといて
 
 
私が生まれたとき、兄は赤ちゃん返りして母から離れなかったらしく
 
私はいつも婆ちゃんと寝ていたそうです。
 
 
短気で分からず屋で、うるさくって、頑固で、
実家にいるときは、世界で1位2位を争うほど嫌いでした。(父と同じくらい嫌いだったのです)
 

家族以外信じてなくて
でも家族にも側にいるよう干渉して、「可愛い子には旅をさせろ」の真逆を強要する。


わたしが何をするにも反対してきた


そんな大正生まれの頑固者だったから
 
私が、結婚前に子どもがデキちゃって、旦那と挨拶に行くとき、何て言われるか怖かった。
 
 
そしたら
 
 
「愛し合ってるなら、いいじゃない」
 
 
と意外な答えが返ってきました。
 
 
 
去年の11月  
離婚して子どもを置いて外国に行くことを伝えに行ったときなんか
 
母は子どもたちがかわいそうて泣いて、やめるよう説得するのに婆ちゃんは

「ふ~ん」
 

??!!!

 
やっぱかよこは私の孫ね!婆ちゃんも若いときは色々行ったつよ~照れ
 
って爆笑
 
 
父と母には、やはり私の考えは理解されず、信頼してもらえてなかったので、
なんかその言葉に救われた。



それからすぐ、家の中で転んじゃって入院。
 
 
面会に行ったとき
 
今すぐ死にそうな感じに弱ってて
 
 
婆ちゃんは死なないんじゃないかってずっと思ってたのが、現実を直視しなくちゃいけない状況で
 
 
その日はめっちゃ泣いてしまった。

 
で、気づいた。
 
 
いるだけで
良かった。


いるだけで
私たちの支えになってた。
 
実家の父や母は、婆ちゃんが寂しがり屋なので
ずーーーっと婆ちゃん中心の生活で。
 

私には出来ん、って思ってたのだけど
 

父と母の支えでもあったんだってわかりました。
 
 
いまは奇跡的に回復し、退院し、家に戻ってるんですが、介護が必要になりました。
 
 
1月から子どもやら私がずっと風邪気味だったので、うつったら大変ってことで、自重してたのですけど
 
 
こないだやっと行けて。
 
 
今までまったく触れあうことを嫌ってしなかったのですが
 
婆ちゃんには幸せになってもらいたくって
 
子どもたちにするように、ハグしたよ。
 
 
なかなか接し方とかわからんのだけど
 
出来ることをしようと思ってね。
 
 

 
そんなこんなで
 
 
やっぱり別居してネパール行きますって報告したら、実家に呼びだされて(^^ゞ 
 
 
母は買い物に出てていなくて
 
 
父と話してたらケンカになって(-.-)
 
 
わたしが怒って家を出ようとしたら母が帰ってきて、こっそり
 
 「昨日お父さんとね、かよこの幸せを考えんといかんねって話していたところなのよ。」


じ~~ん( ;∀;)


「まだお兄ちゃんたちには言ってないんだけど、かよこだけに話すね。○○家の秘密」
 
 
「婆ちゃんは、お父さんと血がつながってないんよ。
 
実のお母さんは、おじちゃん(父の弟)を生んで死んでるとよ。
 
それから婆ちゃんが来たらしくて。
 
おじいちゃんもお父さんが小学6年生のとき死んだでしょ。
 

それから、 婆ちゃんは、血がつながってないのに子ども3人を育てたんよ。」
 

ええええぇっ?!!Σ(T▽T;)

 
わたしたちには絶対言わないでくれって言われてたんだって( ;∀;)


子どものころ
婆ちゃんの武勇伝を聞かせれててねー

 
当時は、「未亡人」てことで近所からも職場からも苛められてたみたいで
 
 
でも婆ちゃんは
 
職場では、周りを呼び出して「陰でこそこそやってないで、今すぐ出てきなさい!」って正々堂々と受けてたった。
 
 
それから苛めはなくなったんだって。
 


そんな気の強い祖母
 
 
3人の子どもたちに対するしつけは、そりゃあ凄そうだった。。。
 
 
真ん中の紀代子おばちゃん(父の妹。わたしと1文字違いイエローハート)は、ちょっとグレて?駆け落ちして県外に行っちゃった(笑)

 
長男である父は、留学したかったけど、猛烈な反対をされて叶わず
 
地方公務員で働きながら、ある日祖母に内緒でフランスに留学するのであった(笑)
 
 

私が今まで見てきたのは
 
凄いケンカを繰り広げる祖母と父の姿。
 
 
理不尽な言い方に「時代がちがう!」て怒る父。
 
 
だけど決して「母親じゃないくせに!」という禁断の言葉を口にしてなかった。 
 
 
父も祖母も偉大だった………

 
父も引退してから、丸くなり
 
婆ちゃんを連れてよく一緒に出かけてた二人の姿はまさに恋人(笑)(父が老けてるから(笑))
 
 
今は、退院してから婆ちゃんの元気がなくなってしまって、父は心配でたまらないらしく、肺気腫という。
 

しかし、わたしは私の人生を生くのである。
 
 
それもひとつの愛の表現なのだよ真顔