今日は、少し真面目なテーマにしました。今週夜のラジオ番組にて、いじめの事について色々と話していましたが、僕も小学生の時にいじめにあって、本当に小学生の時の思いでは何もなかったです。いじめは暴力的な物と言葉などによるいじめがあり、それを団体でやる事がほとんどだと思います。僕らの昭和40、50年代は暴力的な物が多かったが、昭和から平成にかけては言葉やネットなどによるいじめが多いと思います。いじめの根本的な動機は、いじめは自分より弱い物を対象にして、おとなしく、気の弱い人を対象にするか、また、自分から見て、うっとうしい存在と感じいじめる事が動機と思います。団体になるのは、周りを気にして、仲間外れにされると言う気持ちから従うような感じからだと思います。僕の場合は、登校拒否はなどはなかったが、僕の場合は学校以外で近所の友達との遊びがいて、楽しみがあったので、学校は我慢して行けばと言う割り切りの気持ちでやって行きました。僕の頃は、先生と言う立場は絶対と言うものもあり、毅然としていた先生もおおかったので良かったと思いますが、今は、言葉のいじめが多く陰湿で先生も毅然としている人が少なくなりました。僕は、これだけ陰湿ないじめの場合は、より周りの協力もですが、先生の毅然とした態度も必要だと思います。つまり先生と生徒の立場をしっかり棒引きした姿勢で接する必要あると思います。先生と言うのは、確かにサラリーマンなのだが、特殊な仕事と感じて欲しいてす。学問を教えるのもですが、人間としてのモラルを教える事が、学校だと思います。