お金を節約する、ということは
絶対に善だ、と思われがちだけれど
そういう面だけでもないのでは……
と思う、という話。
基本的に
お金を出す、ということは
自分がやるのでは時間・手間がかかることを
他の人にやっていただく、
その対価、ということになるのかなあと
思う。
自分でから揚げをあげると
30分かかるけれど
お店で上げてもらったからあげを買うと
3分でから揚げが手に入る、みたいな。
自分で一から車を組み上げることは
私にはできないけれど
すべて組みあがったお車を
しかも手続きを完了させた状態で
用意してもらう、
その手間・時間に対して
ありがとうございます、と
お金を払う、的な。
で、
お金を節約する、ということは
「自分の時間・手間をかける」という
こと。
個人的に、
お金を支払うべきか、
自分の時間・手間をかけるべきか、は
その人が決めたらいい、と思ってる。
何に自分のお金を使いたいのか
何に自分の時間を使いたいのか
は
自分で決めたい。
「こういうやり方をしたらただで手に入るよ」
「こういうやり方をしたら節約できるよ」
という情報は、あったらうれしい。
が、
必ずしも、それが善ではない、のだ。
まして、それをすることを、家族であれ
強要するのは、違うと思う。
「こうしたら節約になるのだから、
しなきゃもったいないじゃないか」
と
強く言う、ということは
「あなたの時間を自分は価値があるとは
思っていない」
と言っているのと、同義に思える。
これは、冷凍ギョーザ問題にもつながると
思っている。
「冷凍ギョーザ問題」というのは
冷凍ギョーザをおいしそうに食べている息子に対し
「これは手抜きだから」というようなことを言った
旦那様にたいし
奥方様が腹を立てたことに始まる
冷凍ギョーザは手抜きか否か、という論議のことだ。
私は、ギョーザは、買えばいい、と
思っている。
最近はギョーザは安くなったと思う。
安かろうまずかろうではなく
本当にギョーザはおいしくて安くなった。
もちろん、手作りギョーザを否定するつもりはない。
手作りギョーザはおいしいし
それをみんなで食すことで家族が幸せになるなら
とてもいい。
それを否定する気は全くない。
作る人、食べる人が
幸せになる選択が一番だ。それは間違いない。
が……、
家族の時間、というのが
タダだと思っている人がいる。
あいつにあれをやらせたら、
(自分は)お金を払わなくていいじゃないか
と
思っているタイプの人だ。
私はこれが好きではない。
「コンビニのサラダチキンは高いよ
原価はあの半分だよ
自分で鶏むね肉を茹でたら
半額以下でできるよ」
という情報は、嬉しい。
が、
自分がそれをするかどうかは、自分が決めたい。
体力が有り余っていて
キッチンが暑くなく
自分に余裕があれば、鶏むね肉を茹でると思うが、
もう今日はしんどい、という日は
サラダチキンを使いたい。
そんなものだ。
ありがたいことに、私の旦那様は
私がしんどいときに
料理にお金をかけることを
全く、気にしないでくれる。
ありがたい。
まあ、他の分野では
きっちりしたい病が発動して
「こうしたらいいじゃないか」と
いうこともあるのだが、
……めんどうだと思ったら、
私はやらない(笑)。
まあ、たいてい
旦那様と論議するのが面倒で
こちらが折れることの方が多い。
最後のは、蛇足。
ということで、自分なら節約することで
家族が節約していないことに
目くじらを立てる、というのは
あんまり好まれないんじゃないかな、という
そんな話でした。