その他大勢でなくて
貴方の特別枠に入れてください、と
願うことがある。
フツーの知人、ではなく
大切な親友になりたい。
ただの女友達、ではなく
彼女になりたい。
いつも心の片隅で
「元気にやってんかな」
「この大雪でころんでいないかな」
「風邪をひいていないかな」
「つらいことがあったら助けてあげたいな」
と、
思っていてほしい、と。
で、だ。
願うのは勝手である(笑)
「ねー、私、あなたの特別になりたーい」と
言ってしまってもいいと思う。
(関係性にもよるだろうけれど)
が、残念ながら、
「どう」特別にあつかうか、については
こっちがあまり注文を付けられない
部類だったりする。
(あ、もちろん、自分がされてうれしいとか
嬉しくないと意思表示をする自由はあると思っている)
例えば、
「貴方を唯一無二の存在として扱うから、
私は思ったことを遠慮なく話すからね、
私があなたを好きなところも嫌いなところも
直してほしいところもちゃんと言葉に出すからね」
という場合も
「貴方を唯一無二の存在として扱うから、
貴方の好きなところをなるべく探して
あんまりなところはないしょにしておくね」
という場合もある。
で、この
「私はあなたを唯一無二の存在として扱うから」の
初期設定は
「私はこうされるとうれしいから、貴方にはこうしますね」
が多いのだ。
大切な人をどう扱うか、で
どうしたらその人が大切にされているかと感じるか、を
知ることができる、という
話にもなる。
ただ、
「貴方の特別になりたい」と願ったとき
「どうなったらあの人の特別になれるのだろう」と
願いすぎるのでは、なく。
「もしかしたらもう自分はあの人の特別なのではないか」
と
一瞬考えることができたなら。
もしかしたら、さっきまでは見えなかった世界が
見えるかもしれない。
抽象的に書きすぎたけれど、
「貴方の特別になりたい」なんて相手を
物陰からずっとみていまーす、という場合が
そんなに多いかって思うわけです。
だいたい
もうすでに、特別扱いを
してくれている場合が大半だと思うのですよ。
ええ、
自分が望む形じゃないけどね!
それ!!ね!!!
だとしたら、
もしかしたら、じぶんはあの人の特別だったとしたら。
さて、明日から、
どんな生活を送ろうか。