もし一億あたったら、とか、冗談で考えたりすることは

 

まあ人生に一回くらいはあるんじゃないかなと思ってます。

 

必死に稼いだお金だとできないことも、

 

あぶく銭だったら気軽に使えるんじゃないか、とか。

 

 

ただ、一般的には、

 

人というのは得たものの喜びより失うコストのほうを大きく換算する

 

生き物のようだから、

 

多額のお金を手に入れたら、多くの人は

 

失うことの恐怖に、きっと耐えられない。

 

 

私自身の体験ですが、

 

自分のお金を投資してみようと思い立ったことがあって、

 

それがこのコロナで、持っている株の値段が

 

がくんとさがった。

 

結果から言えば、私の生活は株のマイナスで苦しくはならなかったし、

 

私が住んでいた町ではコロナの影響は少なく、

 

トイレットペーパーが数週間スーパーマーケットの棚から消えたくらいで

 

何とかなったわけです。

 

 

が、恐ろしかった。

 

 

自分の選択で、手間をかけてマイナスを産んだのか、と思うことが

 

怖かったんですよね。

 

 

あ、何とか、自分の持っている株は、元の水準まで戻ってきたんですよ(笑)。

 

それでも怖いものは怖いんです。

 

 

株っていうのは上がれば下がり、下がれば上がるもので、

 

その上下があるからこそ益を得るチャンスがある、

 

下がったときに右往左往しないことだ。

 

 

……なんてね、そりゃ知識としてはありますよ。

 

でもね、やっぱりね、

 

体験しないと大丈夫だって思えないじゃないですか。

 

 

 

 

ここまでがまあ、前置きで(長いわ)

 

 

「そんなの〇〇すればいいのに」というのは

 

〇〇しなくていい人が言えるセリフなわけですよ。

 

「失敗なんてさっさと謝らないとどんどん立場が悪くなるのに」

 

「夏休みの宿題なんて日々少しずつやれば終わるのに」

 

「面倒な事務作業はさっさと終わらせればいいのに」

 

 

心の中では、正論なんてわかっていることが大半です。

 

 

わかっていてなお、身体が動かない、やりたくない、しんどい、苦しい、怖い。

 

そんなことはざら。

 

 

「みんな苦しいんだから」

 

わかってますって。

 

でもしんどいんだもん。

 

でしょう?

 

 

正論を聞きたくないときっていうのはあって、

 

その時に自分の近しい人にアドバイスを求めるのは、実は

 

得策ではないことが多いと思う(私調べ)。

 

 

本気で心配してくれて、本気のアドバイスをくれるので

 

自分を大切に思ってくれている人ほど、正論のアドバイスをくれます(笑)。

 

 

欲しいのはそれじゃないってー

 

わかってよー

 

 

ええ、

 

わかってほしい人に言えば言うほど、

 

ドストレートに正論がくる。

 

 

だってそれが正解だもん。

 

 

ほんとね、こういうときほど、自分の利害関係の外、

 

家族でも職場関係でも親戚関係でも友人関係でもない、

 

ほんとに、ただ、無責任な誰かに、

 

「きいてー」といえるひとが一番強い。

 

でも、それも怖いんだ。だってそれで「お前が悪い」って

 

言われたらやだもんね。

 

 

 

もしも

 

しんどいときがあるよって、わかってくれたら、

 

うん、正解なんて百も承知で、意地を張る事ってあるよねって

 

誰かが言ってくれたら

 

逆説的なんだけど、

 

正論を受け入れる準備が、できることって

 

あると思うんだよねえ。