高野史緒さんの小説「架空の王国」という

本があります。

 

この物語は、日本人女性瑠花が、

ボーヴァル王国、サンルイ大学に

17世紀の古文書戦争を学びに行くところから

スタートします。

 

大学の書庫に入らせてもらった

瑠花は、自分の指導教官に

なるはずだった教授の

遺言をきいてしまって……????

 

という、ミステリと

中世の文学と

遠いヨーロッパの空気の中のロマンスが

詰まっている

私の好きなな物語の一つです。

 

この本と私の出会ったのは、学生時代に

利用していた図書館です。

 

一般の棚ではなく、

書庫に収納されていて

司書さんにお願いして

引っ張り出してきてもらった思い出があります。

 

さて、

この本で私が好きなのが、

「それを無意味だと思う? 何かに理不尽なまでに心を寄せてしまうことを?」

P242 ℓ14

というセリフです。

 

この物語の中で、瑠花は

どうして自分は、遠く異国の地に来て

他国の文学についての研究をしているのだろう?

という疑問の答えを探します。

 

どうしてこの国でなければならなかったのか

どうしてそれは自分のルーツからかけ離れた文化だったのか

どうして自分はこのように、他国の文化に惹かれるのか???

 

それに対して

「『アメリカ人がヨコヅナになったって、ロシア人がタンゴを作曲したって、

別にいいじゃないか。それは恋をするようなものだ。だれにも止められない』」

P245 ℓ2

と、諭す人間が現れます。

 

どうして? に答えを見つけることはできるのかもしれない。

あの時の自分が、あの本を手に取って

その時の自分の気分がとてもよかったから

その物語に惹かれた、とか。

 

ただ、大切なのはそちらではないんじゃないかな、と

私は思っていて

「何かに理不尽なまでに心を奪われた」人が

そこにいる。

ということが、

その後の人生に大きな意味を持ってしまう。

 

それは、本当に、誰にも止められないものなのだろう。

何かを理不尽なまでに取りつかれた人間は

恐ろしいまでのエネルギーと引き換えに、

自分では制御不能な

衝動と一緒に生きなくてはいけない。

 

好き、とかいう言葉から感じる

素敵でふわふわとしたイメージとは裏腹に

その中身は

本能的で衝動的。

 

しかしながら、それにあこがれる人もいるのだ、という

事がこの物語の中で描かれていて

それがまた、この世の理不尽だよね、と

感じるのでした。