場の空気が読めなくてもいい!
場の空気を読むことを「KY」というらしいが、このばかばかしい語句を出版界がこぞって「特集」「提起」をしている。これはもともと問題提起するに足りない、日本語として体をなしていない言葉遣いなのだ。「KY」などと略式化するのは中学生の遊び言葉といっていい。流行語などとは程遠い。新造語の天才、社会評論家の故大宅壮一氏が生きていたら嘆くだろう。
●「場の空気」を読む技術(サンマーク出版)http://tinyurl.com/2x3e2o
●「気の力―場の空気を読む・流れを変える」(文藝春秋)http://tinyurl.com/yvn7gf
●「『場の空気』を読むのが上手な人下手な人 」(新講社)http://tinyurl.com/yq5sgh
●「空気が読める!」と言われる人のビジネス会話学(R25新書)http://books.livedoor.com/item4862071023.html
●「日経ビジネスアソシエ」(日経BP社)2007年12月18日号は「空気を読む技術」という特集記事を36頁で組んでいる。
http://ec.nikkeibp.co.jp/item/backno/BA1123.html
●「空気読み力テスト」http://www5.big.or.jp/~seraph/zero/ky.cgi
どうやら書籍としての初出は山本七平の著「空気」の研究 (文春文庫) http://tinyurl.com/yrwvvj
ということのようだ。
私に言わせれば「場の空気が読めなくても結構」「人間の魅力・能力というのは個人差があり、理解力の早いことだけに意味があるとは思えない」と思う。






