数年前に携わった方で、この方は解離性障害の方であった。Uさん(30代・女性)。

当時はもう、かなりの人格があったように記憶している。主治医は有名な先生であったらしい。

 症状は、薬物の大量摂取(オーバードーズも含む)などによると思われる幻覚症状、定期的な躁鬱状態、皮膚の糜爛、突発的に起こる恐怖心など、かなりの症状を抱えていた。


 ある成り行きからこの方と関わることになり、施術することになった。当時、正分子療法と呼ばれるものを学び、栄養素を大量に使った療法も取り入れていたので、まずは体の中を変えていくことを主眼に置く。

 体の分析では、典型的な腎虚(腎臓エネルギーの低下)が認められ、酷い回転構造、すなわち、体が捻れた状態であった。ある内臓テクニックで教えられた、右脚部の回内障害は腎臓に問題があることを示す、という特徴も現れており、ほとんど右足の回内はできなかった。腎は「恐れ」をつかさどると東洋医学では言う。このUさんの「突発的な恐怖心」はここから来ているものと判断した。

 Uさんは性的虐待に遭い、その後も酷いストーキングに遭ったことで精神障害を誘発するようになったそうである。その話の内容は、あまりにも残虐であり、そんなことが社会で平然と行われているということに、私自身、恐怖を感じた記憶がある。

 投薬はそれから始まったようであるが、忌まわしい恐怖と、薬物の摂取量が増大したことで、かなり腎臓に負荷をかけたことが、身体上に現れた種々のサインであったと思う。生活サイクルもバラバラで、ほとんど眠れず、睡眠導入剤を必要とするほどであった。それでも3時間ほどの睡眠でしかないというのだから、尋常ではなかった。


 自分がやれることを考えたとき、かなりの無力感には襲われたが、少なくとも、薬物は徐々にでも良いので減らすこと、かわりに栄養素をサプリメントで投入して、規則正しい生活に戻れるようにすること、体の捻れ構造を施術により軽減させること、あとは、頭蓋仙骨療法によって硬膜のロックを解除し体のエネルギーブロックを解除すること、というあたりを目標に施術にあたった。


 一度、Uさんに呼ばれて、主治医とあったことがある。こっちは無位無官の民間療法師でしかないので、権威等あるわけもない。ただ、Uさんは女性でもあり、将来的に薬物から離れられる環境を作るほうが、彼女のためにも良いと思います、と自分が言うと、主治医は「僕はそうは思わない。」ときっぱり言った。あの言葉は忘れない。Uさんの状態は治らないと宣言したに等しい。主治医は「治療のことには口を出さずに、彼女の私生活を支えてあげるほうが大事ではないかね?」と言った。私はもう、この主治医には何を言っても無駄なことはわかったし、言ったところで権威には叶わない。当時、若かったこともあるが、薬物を長期にわたり大量に摂取することが如何に危険かということも、知っていたので、こちらはこちらでやることにした。薬物を否定するのではない。その用法に問題があると。


 さすがに自殺未遂とかもあり、一時期は危険な状態もあったが、薬物は徐々に減らすことができ、かわりに栄養素を取り入れ始めたのもよかったのだろう。睡眠も、徐々にではあるが増えてきた。施術のほうも頻繁にではないが、行い、そして、薬物から完全に離れることができるようになったのである。生活サイクルも午前0時には寝て、朝の7時には起きられるようになり、続けられなかった仕事も、ちゃんと続けられるようになった。この状態は1年半ほど続いたと記憶している。


 試みに、右脚部の回内障害を調べると、見事になくなっている。突発的な恐怖心も消えていた。生命力はここまで凄いものなのかと関心したものだ。Uさんはどんどん活発になっていき、私の元を離れた。この時期、私自身も都合により、今とは違う仕事についていたせいもあり、そちらのことで力をほとんど奪われていたのもある。そうやって、疎遠になった間に、彼女は再び主治医の元に戻っていった。


 その結末がどうなるかは、私には実は想像がついていた。だが、食い止めることは出来なかった。再び投薬が始まり、1年以上が経過したころ、状態はかなり悪化しているようであった。

そして、彼女が電車に飛び込んだと知ったのは、しばらくしてからであった。それもネットの掲示板であった。命は助かったが、彼女は障害者になった。


 この件は、私の考えに暗い影を落としている。薬物から離れ、社会生活が出来るようになったにもかかわらず、また舞い戻る。そして当然のように投薬が始まる。薬物を断つ、ということがどれくらい労力がいるかなど、きっと、あの主治医は考えてもいなかったのだろう。それだけでも腹立たしいが、つまるところ、せっかく得た成果を忘れて舞い戻ってしまう患者の心情を思うと、無力感にさいなまれる。工業排水で汚染された川を、何年もかかって元の川に戻しかけたら、もっと上流から、違う工業排水が流れてきた・・・というような感じがしたのを覚えている。

 もちろん、薬物は最小限で、必要が無くなったら投薬をすぐに辞める、りっぱな精神科もいることは知っている。だが、大半はそうではなかった。他にも私は、重度の薬物依存症のようになって、最後は自殺してしまった知り合いを知っている。


 それらを思うとき、私は自らは精神科医の世話にはなるまい、と決意している。


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