死んでから花をほしがる奴なんて、いるもんか。一人もいやしないよ。棺桶に入る前に花を愛さないと、その時には、花はそこにないよ。
本当に僕が感動するのはだね、本を全部読み終わったときに、それを書いた作者が知り合いで、
メールをしたいときにはいつでもできるようだったらいいな、と、そんな気持を起こさせるような本だ。
何でもそうだが、あまりにうまくなると、よっぽど気をつけないと、すぐこれ見よがしになってしまうものだ。そうなったら、うまくも何ともなくなる。本当のうまさはそうじゃない。
会いに来る女の子がすてきな人なら、時間に遅れたからって文句をいう男がいるもんか。絶対にいやしないよ。
おかしなもんだけど、誰にもわかんないようなことを言いさえすれば、相手はたいてい、こっちがやってもらいたいことをやってくれるもんさ。嘘も方弁なんて言うだろ?
人っていうのはいつだって見当違いなものに拍手をする生き物だ。まるで、インチキくさい。他人に合わせる拍手なんか、うんざりする。
たいして興味のないようなことを話しだしてみて、はじめて、相手がうんざりしてから、何に一番興味があるかがわかる。なかなかめんどくさい扉だ。
いつだって僕は、会ってうれしくもなんともない人に向かって、「お目にかかれてうれしかった」って言ってるんだから。
生きていたいと思えば、そうゆうクソみたいなことをクソみたいな顔で言わなきゃならないものなんだ。
ただ人を好きになるのには、もううんざりしてる。誰か尊敬できる人に会えないかなって、心からそう思う。
僕は耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になろうと思う。
未熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。これに反して成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある。
あなたは世界中で起こる何もかもが、インチキに見えてるんでしょうね。インチキみたいな言葉だらけ。
僕が死んだときには、川かなんかにすててくれるくらいの良識をもった人が誰かいてくれないかなあ、心からそう願うね。
幸いなことに、その中の何人かが、自分の悩みの記録を残してくれた。君が望むのなら、君はそこから学ぶことができる。
それとちょうど同じように、もし君に他に与える何かがあるならば、今度はほかの誰かが君から学ぶだろう。これは美しい相互援助というものじゃないか。こいつは教育じゃない。歴史だよ。詩だよ。
ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとうになりたいものといったらそれしかないね。
これが、インチキの詩だったら迷わず、ライ麦畑でつかまえ役をしたいとおもうよ。だってそうじゃないか。インチキしかない世界に、どこに答えなんかあるものか。
僕は、ライ麦畑のつかまえ役で十分だよ。
またまた、長文スマソ(´・Д・)」

たまには、いいでしょ?? インチキみたいなノリや馬鹿げたメディアやアホらしい日常だからこそ楽しいし、それこそ
たまには戯曲混じりのこの文学もそれでいて、存在できるんだからさ。
毎度、長すぎるわ(・ω・)ノ