
多崎つくると沙羅の話 途中で終わってないかな?ん?続編があるのかな?あるとしたら、実際に沙羅とつくるとの間に、夢とリアルにともなう実行動にみえるゴーストのささやき、それをして意識の命令など実際行動でさらに続編は深く展開していく。主要人物が他のまた色をもつ4人であるならなお分かりやすい。
人気の本らしい。手に入らない。僕は呼んで♪って言われて(*^_^*)読みましたね。小説を最後まで読んだの初めてとしよう。大人になってから読んだ記憶がない。
なるほど、夢のコントロールや、階層のチェンジ操作、現実での意識の飛ばし、直感であいての深層心理をよむこと。まえからちょくちょくやってましたが、なんらかの関係があったのか?占い師が僕から逃げたことと関係があるのか?興味深い。えてして、自分の身の回りが、それが、とても重要な世界で意味をなすべくものだったりすると、それはそれで幸福なのかもしれない。生きることなんて、ほとんど雲をつかむようだし、本当に世界がリアルなんてあまりににも不確定だ。
不確定に僕のステージは大舞台だ!脚光をあびるべきだ!こう思いたいのはやまやまだが、脚光を浴びて有名になったところで今やっているようなことは大して変わらないはずだ。つまり、今の状態で幸福ということ。もう何もいらないかもしれない。しないといけないのは、次の職業を見つけ、興味のある絵画、小説、作曲などに浸り、信じて才能を引き延ばすこと。ほかにはあまり興味がない。プライベートは除いて。
天才とされる人は病気だ。はっきり言って。常人な精神ではない。完璧な状態で、自分を疑うことなど全くしないのだろう。メンタルのつよさこそ成功の鍵だと最近かんじる。僕はいつもシュートを打つ時は「かならず入る」と決めて打つが、やはり奥でささやく声がある。それが手に伝わる。もちろんはずすし、まぐれで入るときもある。バスケットの話だ。彼女と初めて愛し合った次の日など、自分を疑うことなどどうでもいい。そんなときもあり、シュートなんてろくにはいらないのに、スリーポイント3本連続、ほかにも打てばはいる感触だった。それにかんしては何も考えてなく。臆するこころが全くなかった。この状態を、イチローはボックスの中に行くまでに作り上げてるとしたら、絵に向かう前になにかしないといけないな。抽象など一発勝負みたいなところがあるし、偶然にも似た「人知を超える力」「センス」がとわれる。まあ、今はセンスを磨くときで、というかこの本で才能の器は決まっていて少ししか容量がまさないと記述してる。なるほど、面白いこといってくれるじゃないか。だったら、入れ物を二つ用意すればいい。
病気の状態に持って行って、なお日常は普通の精神にしている。まあ、僕も病んでるくちなので、そろそろ来てもいいころなのに。まだたりないのか?良く病んでると精神科にかかったりするが、ころこそ最大の敵である。心理学者なんてもともと病んでる人からのスタートだから、いつまでたってもアホらしい。いちど精神科の先生や心理学者を説き伏せようとしたが、あきれてものがいえないし、対応があまりにもあさい。こどもをよしよししている場合じゃないっての。つまり、別に病んでようが、病んでいまいがそんなのどうでもいいの?やりたいこと自由にできてりゃ、そりゃ幸せってもんだ。だーかーらー、テキトーに生きりゃいいとおもう、しかし、哲学は考えていく。だって、名前が「哲也」だかって、ああ、めんどくさい名前を付けてくれたもんだ。「生きるってなんだ?」
気付いている人がいると思いますが、上記の文章はむちゃくちゃです。抽象的文脈なので、読む人により、かなり解釈で差がでると思います。読む人でイメージを膨らませて、個別なストーリーを作って下さい。