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一緒に仲間として被災地に行ったナイジェルとショーのバンドMETEOR。

月曜の夜のライブは被災地から帰ってきてすぐということもあり、みな満身創痍だった。

しかし、ナイジェルとショーのステージングからはエナジーが溢れ出て鬼気迫るものがあった。特にナイジェルの叫びは半端なく凄かった。

きっと二人とも俺と同じように被災地での一週間で心の中に溜まった何かを吐き出したかったんだと思う。

これからもMETEORとsuperheroはお互いを切磋琢磨しながら協力しあい、このチャリティイベントを続けていく。

本当良かった、俺達には音楽という自己表現できるものがあって。

MUSIC WILL SAVE THE WORLD.


ケニー
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震災の翌日に思い立ち、色々な人達の助けを元にこの一ヶ月で立ち上げた東日本復興支援チャリティライブイベント、LIVE music for LIFE。

本当に多くの人達の助けがなければこのvol.1は実現できなかっただろう。

関わってくれた全ての人達に心から感謝をしたい。本当にありがとう。


いつものライブハウスのブッキングのライブイベントやイベントにはない緊張感。それが今回のイベントではオープンからクローズまでずっと漂っていた。

特にライブエリアに友情出演してくれたBLOWGIES、METEOR、INSECUREのメンバー全員が放つエナジーと緊張感は凄いものがあった。

そして俺らsuperheroも他に負けないくらいの気迫のライブパフォーマンスで立ち向かった。

2曲目のPSYCHOでは、気付けば前のオーディエンスでモッシュが起きてる。俺も負けじとモニターに足を掛けて頭と身体を振りかざす。

ライブハウスにいるみんなが同調して一体化する。本当今までの音楽人生の中で最高の瞬間だったよ。みんなありがとう!

トリの俺達superhero。最後の曲SLEEPLESSの前に短いMCで被災地での経験と想いを語った。

そしてラストの曲。もう声がかすれて出なくなるくらい叫びまくった。被災地ボランティアでの一週間での辛さや悲しみなど全ての想いをぶつけて、、、。

SLEEPLESSを歌っている最中、被災地で出会った人達やおばちゃんの顔が脳裏をよぎり涙が滲み前が見えなくなる、、。

俺は被災地の人達に元の平和が戻るまで、いつまでもいつまでもこのチャリティイベントで歌い、そして叫び続ける。

被災地の人達みんなの心の叫びを伝えるために。


ケニー

LIVE music for LIFE official website: http://www.superhero-japan.com
SUPERHEROの”熱”ブログ-災害ボランティア

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二日前に被災地の宮城県から無事に災害ボランティアを終えて、東京に帰ってきた。

東京の街を歩いていると全てのビルや車が壊れて瓦礫の山のように見える。これがトラウマと言うのだろうか、、、。


土砂降りの雨と雷が鳴る中、俺達は俺の実家を後にした。

東京までの道中、被災地での光景や被災者の方々の顔が脳裏をよぎる。

俺にはもっとできたんではないだろうか?
なぜ7家族しか救えなかったんだろうか?

様々な想いが交錯する、、。

高速を走りながら親戚のおばちゃんのこれからを考えたら涙が出た。人生でこんなに涙を流したことはないくらい、この一週間は辛かった。

でも今は思う。現地の人も俺達も、もう泣いている暇はない。亡くなった人達の分まで、生きている自分達が前を向いて、上を向いて歩いて行かなければならないから。

この一週間の過酷な経験を通して、改めて人生の意味、価値観、命の尊さが骨身に染みて解った。

そして誓った、俺は再び仲間と共に東北の被災地へボランティアとして走り出す、と。


ケニー
SUPERHEROの”熱”ブログ-自衛隊

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被災地では自衛隊が車両やヘリやチョッパーなどを駆使して、
現地の救済に感情をあらわにせず、ただ黙々と対応し最善を尽くしている。

先日被災地に派遣された自衛隊員が過労のため亡くなった。

遺体や壊滅した家屋、細菌や病気、深い悲しみ、、、俺達は1週間でさえ過酷だった状況に
彼ら自衛隊員は立ち向かっている。

そんな彼らに心からエールを贈りたい。


ケニー
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宮城県石巻市での災害ボランティア最終日に女川町の親戚へ会いに行った。
その時にナイジェルと共に車から倒壊した建物など、街の様子を動画に納めた。

http://www.youtube.com/watch?v=kfJK9781tVo

以前の面影など全くない状態。車で走っていても目印の建物もなくなって、
どう走ったら良いか分からず迷ってしまう、、、。

一日も早い女川町の復興を心から願う。


ケニー
痛い(´Д`)


昨日のライブ


緊張のあまり
首から下がまるで言うことをきかず

普段使わないドラム筋まで使い
身体中が痛い~

昨晩はケニー宅にお世話になったんだけど、
二人とも何かをするたんびに

あっ~
うっ~

いてぇ~

と唸りっぱなし(゜ロ゜)


身体鍛え直さないと
いかんね。


MAXバンテリンyoshi



Android携帯からの投稿
ありがとうございました。

出演者

来場してくださった方々

このライブに至るまで
協力してくれた方々

アースダムのスタッフさん

本当に感謝です。


これから
Vo.2、3とずっと続け
全ての想いを発信し続けていきます。



これからも
みんなの力で

協力よろしくお願いいたします。




superhero




Android携帯からの投稿
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今日はマジスゲエバンドばっかりだ!
ぶっ飛んでるぜ!

これからsuperhero本番、俺らは更にぶっ飛ぶぜ!

被災地に爆音と共に元気を届けます!!!


ケニー
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ボランティア最終日、女川のおばちゃんの家を後にすると、一路俺の地元の南郷へ。

疲労は完全に困憊して運転中もウトウトしてしまう。石巻は自衛隊の装甲車やトラック、救急車やパトカー、ボランティアの車で道路が常に渋滞だ。でも考えてみるとスゲエ、みんな想いは同じで、この街を救いにきてるワケだから。

のどかな田んぼ道を抜けると俺の実家。

家に着くなり一週間風呂に入ってなかった俺達は順番に入浴。こんな気持ち良い風呂は初めてだ。

そして夜はお袋の料理で皆でお疲れ会。久々の手料理、マジ美味かった。

震災から一ヶ月、俺の家族は緊張と不安、恐怖から笑うことを忘れていたとお袋は言った。確かにみんなそうなんだろう。

でもナイジェルのジョークが連発し、お袋も親父も弟も本当良く笑って良い笑顔だった。

本当心が晴れ渡るくらいの良い笑顔だった。ありがとうナイジェル。

そして布団にて俺達は気を失うように眠りに落ちた。


ケニー
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ボランティア最終日に俺の親戚のおばちゃんが住んでいる女川町を訪れた。

女川。そこは宮城県の中でも街の殆ど全てが壊滅してしまった本当に悲惨な港町。

俺は釣りが好きで、おばちゃんの家が釣り具屋だったから、実家に帰る度に弟と釣りをしに女川に行っていた。

俺のおばちゃんは今回の津波で店と実家の両方を跡形もなく無くしてしまった。思い出のカケラの一つも見つからないくらい、、。

おばちゃんは60代半ば。いつもニコニコしてる本当に明るくて優しい思いやりのある人。

今回の津波が起きたとき、命からがら高台へ逃げるが水が足元まで来て、危うく命を落とすところだった。いつも船を出してる船頭さんにギリギリのところで救われた。

しかし、おばちゃんは一番大切な人を亡くしてしまった。その人はおばちゃんの旦那さん、、。

おばちゃんは数年前に大切なお母さんを病気で亡くして以来、頑張ってお店を一人で回してきた。そしてそのおばちゃんを30年間陰で支えていてくれたのが旦那さん。しかし二人は結婚していたわけではなく、悲しいことに去年入籍したばかりだった、、、。

旦那さんは津波の直前に実家の母親と姉が心配で高台にある実家へと向かった。そして無事を確認するとおばちゃんを助けるために店へと向かう。

しかし、、、旦那さんは大津波にのまれてしまった。

津波から数週間、行方不明だった旦那さんをおばちゃんは必ず生きてると天に願い、俺の弟も現場にかけつけ避難所など捜索を続けるも、旦那さんの遺体が店の隣の瓦礫の下で見つかった、、。

一体、俺のおばちゃんとおじさんが何をしたっていうんだ?!何も悪いことをしてないのにこんな酷いことになるなんて、、、本当に俺は地震と津波が憎い。生き残ったおばちゃんの悲しみは俺には想像もつかないくらい深い悲しみだろう。


ボランティアの最終日におばちゃんが今仮にいる旦那さんの実家をみんなで訪れた。

おばちゃんは俺の顔を見るなり泣き崩れた。俺はおばちゃんに元気というお土産を持ってきたから、歯を食いしばって涙を堪えた。

おばちゃんは言った。私も旦那さんと一緒に、、、、、、。と。

そして家を訪れると皆さんで快く俺達を迎え入れてくれた。

旦那さんの遺骨がある仏壇へ向かう。俺の中での凄まじい程のリアリティが一気に加速した。

写真を見て線香を立て、拝む。俺の我慢していた感情が涙となって一気に溢れでた、、。おばちゃんも目から大粒の涙が。

それから茶の間でみんなで様々な話をした。不思議なことに俺やナイジェル、タッキー、ショウ、ケイが話しているとおばちゃんや旦那さんの家族の顔が笑顔に変わって行った。

やっぱり被災地の人はみんな話したいんだ。そうすることによって少しずつだけど、壊れた心の整理がついていくんだろう。

おばちゃん達の笑顔を見れて本当に嬉しかった。

そして、地震で壊れた壁や陥没した地面を俺達五人で直し、女川を後にした。

おばちゃんの旦那さんはアーティスト。

俺は必ず旦那さんの作品をギャラリーで展示する。おばちゃんもそれがおばちゃん自身の使命だと言っていた。

こんなに悲しい現実がある街、女川。

まだまだ数えきれない程たくさんの人々が助けを求めてる。

完全に壊滅した女川町の復興には何十年とかかるだろう。

一日も早い復興を心から祈ると共に、俺も女川の人達の心と共に、俺にできることをこれからもずっと続けて行きたいと心に誓う。



ケニー