
ボランティア最終日に俺の親戚のおばちゃんが住んでいる女川町を訪れた。
女川。そこは宮城県の中でも街の殆ど全てが壊滅してしまった本当に悲惨な港町。
俺は釣りが好きで、おばちゃんの家が釣り具屋だったから、実家に帰る度に弟と釣りをしに女川に行っていた。
俺のおばちゃんは今回の津波で店と実家の両方を跡形もなく無くしてしまった。思い出のカケラの一つも見つからないくらい、、。
おばちゃんは60代半ば。いつもニコニコしてる本当に明るくて優しい思いやりのある人。
今回の津波が起きたとき、命からがら高台へ逃げるが水が足元まで来て、危うく命を落とすところだった。いつも船を出してる船頭さんにギリギリのところで救われた。
しかし、おばちゃんは一番大切な人を亡くしてしまった。その人はおばちゃんの旦那さん、、。
おばちゃんは数年前に大切なお母さんを病気で亡くして以来、頑張ってお店を一人で回してきた。そしてそのおばちゃんを30年間陰で支えていてくれたのが旦那さん。しかし二人は結婚していたわけではなく、悲しいことに去年入籍したばかりだった、、、。
旦那さんは津波の直前に実家の母親と姉が心配で高台にある実家へと向かった。そして無事を確認するとおばちゃんを助けるために店へと向かう。
しかし、、、旦那さんは大津波にのまれてしまった。
津波から数週間、行方不明だった旦那さんをおばちゃんは必ず生きてると天に願い、俺の弟も現場にかけつけ避難所など捜索を続けるも、旦那さんの遺体が店の隣の瓦礫の下で見つかった、、。
一体、俺のおばちゃんとおじさんが何をしたっていうんだ?!何も悪いことをしてないのにこんな酷いことになるなんて、、、本当に俺は地震と津波が憎い。生き残ったおばちゃんの悲しみは俺には想像もつかないくらい深い悲しみだろう。
ボランティアの最終日におばちゃんが今仮にいる旦那さんの実家をみんなで訪れた。
おばちゃんは俺の顔を見るなり泣き崩れた。俺はおばちゃんに元気というお土産を持ってきたから、歯を食いしばって涙を堪えた。
おばちゃんは言った。私も旦那さんと一緒に、、、、、、。と。
そして家を訪れると皆さんで快く俺達を迎え入れてくれた。
旦那さんの遺骨がある仏壇へ向かう。俺の中での凄まじい程のリアリティが一気に加速した。
写真を見て線香を立て、拝む。俺の我慢していた感情が涙となって一気に溢れでた、、。おばちゃんも目から大粒の涙が。
それから茶の間でみんなで様々な話をした。不思議なことに俺やナイジェル、タッキー、ショウ、ケイが話しているとおばちゃんや旦那さんの家族の顔が笑顔に変わって行った。
やっぱり被災地の人はみんな話したいんだ。そうすることによって少しずつだけど、壊れた心の整理がついていくんだろう。
おばちゃん達の笑顔を見れて本当に嬉しかった。
そして、地震で壊れた壁や陥没した地面を俺達五人で直し、女川を後にした。
おばちゃんの旦那さんはアーティスト。
俺は必ず旦那さんの作品をギャラリーで展示する。おばちゃんもそれがおばちゃん自身の使命だと言っていた。
こんなに悲しい現実がある街、女川。
まだまだ数えきれない程たくさんの人々が助けを求めてる。
完全に壊滅した女川町の復興には何十年とかかるだろう。
一日も早い復興を心から祈ると共に、俺も女川の人達の心と共に、俺にできることをこれからもずっと続けて行きたいと心に誓う。
ケニー