両親の介護について、一人っ子の立場から
気持ちの整理のために書いています。
疑問に思ったこと・これからの不安・愚痴など。
こんなやつもいるんだな、と思ってもらえれば。
父(87)要介護3
老健に入所中
母(80)要介護4
脳梗塞で右片麻痺・全介助
高次脳機能障害 失語症
リハビリ病院→老健に入所中
*在宅介護はせず、施設オンリーです
母の近況
去年の8月からリハビリ病院(県中央にあり人口もそこそこある)に入院していた母は、
5月29日に退院して、父と同じ地元の老健に入りました。
初めはリハビリ病院を退院したら
①県外在住の叔父の近くの老健か特養
②今のリハビリ病院に併設されている老健
への入所のどっちかがいいよね!と楽観的に考えていました。
しかし、①の案は父が猛反対
、私と大げんかに。
最初は受け入れ先探しに前向きだった叔父も
「お前が先に言い出した案だろう、俺の考えじゃない」といちゃもんをつけ始め
私一人が悪者みたいな扱いに![]()
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②は胃ろう患者の空きがすぐにはないということで
他の老健や施設に空きが見つかればそちらに移ってほしいとのことでした。
そうしているうちに、地元の老健なら胃ろう患者でもベッドの空きがあり
待たずに入所可能と返事をもらい、急遽退院が決まりました。
、、、ド田舎だとこういう利点もあるんですよね![]()
ただし、父や叔父にはめっちゃグズられました。
なぜかというと、叔父も父も、
母がリハビリを続ければまだ回復すると信じているから。
(私は、母は今以上の回復は見込めないと考えています)
地元の老健ではリハビリにそれほど時間をかけてもらえないので、
その点が不満だったようです。
叔父に至っては、「発症後2年はリハビリに集中させたい」とか
非現実的なことを言ってまして。
、、、ムリムリ、どこでそんなにリハビリをやってくれるっつーんじゃ![]()
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そして叔父は忙しいこともあり、自分が率先して受け入れ先を探すことには消極的。
結果、私が動くのを見ているだけ。
でも後でいちゃもんはつけてくる![]()
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共感力がないというか、これが一番こたえました、、、![]()
父は現実を受け入れられないまま、早く家に帰りたいとか、
母のことより自分のことばかり主張してきて
父と叔父、この二人の男性が、ものすっごい私のストレス源でした。
とんでもねぇ男二人に振り回されて疲労困憊気味だったうえに、
母の受け入れ先が決まらなくて、ここ数ヶ月はよく乗り切れたなと
自分でも思います。
脳梗塞の後遺症でリハビリ病院に入院した方や、そのご家族はご存知だと思いますが、
リハビリ病院て通常は半年ぐらいしか入院できないんですよね。
母は10ヶ月も滞在させてもらったので、
病院側でとても良心的に考えてくださっての対応だったと思います。
麻痺が重く、全失語、全介助なので、
必要な治療などを施している間は放り出されることはもちろんないのですが、
ある程度まで回復しきった後は、老健や施設、医療院など
次の受け入れ先を探さないとなりません、、、![]()
結局ね、「手伝えることがあったら言って」と言ってくれてた親族の誰も
私の助けにはなってくれなかった。
現実を受け入れて、情報を集め、母のために何ができるのか一緒に考えてくれる、
そういう助けをしてくれた人は残念ながらいなかった(私の夫のみ)。
それが一番つらかったです![]()
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なんで私にはきょうだいがいないんだろう。
人生で初めてそう思いました。
もちろん世の中助けてくれるきょうだいばかりではないだろうけど、
意見の食い違いや揉めごともたくさんあるだろうけど、
“母にとって一番良いと思えること“を、落とし所として誰とも共有できないことが
本当に孤独でした。
何度も泣いちゃった![]()
、、、その度にいろんなものに助けてもらったけど。
にゃんず
とか推しとか![]()
自分の機嫌を自分でなんとかするって大事ですね![]()
母は地元の老健に入所したので、
これからは地元で親しくしていたお友だちにも面会に来てもらえます。
父は近々地元の特養に移動するのですが、場所もそんなに離れてないので
これからはもっと頻繁に母の顔を見に来れると思います。
それも地元の老健を選んだ理由の一つです![]()
まだまだ問題は山積みですが、これからも両親を支えます。
同じく介護やお世話を担っている方を応援しています。
今日も明日も明後日も、どうか心が穏やかに過ごせますように![]()