源 義経 (その一) (小説部屋投稿小説)
美福門院にとりついていた白面金毛九尾の狐は安倍晴明に追われ、鳥羽上皇への思いを抱きつつその魂を三つの玉に分けた。
三つの玉は銀色の光を放ち大内裏の上方に高くのぼった。
一つは南に向かい京の市中に消え、一つは北に向かい鞍馬寺の上で消えた。
そして残る大きめの玉は音もなく東方に向かい、はるか那須野ゲ原まで飛んでいった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「これ、起きなさい」
遠くから、美しい声が聞こえてくる。
(まだ眠いなぁ・・・)
「これ、起きなさい。お兄様達はもう起きていますよ」
体が揺らされるのを感じ、ゆっくりと目を開けると、美しい女性が、覗きこみ微笑んでいる。
「母上、おはようございます。兄者は?」
「すでに、お膳についています、早くお支度をして。さあ起きて」
「母上、まだ牛若は眠たい」
「さあさあ、そのようなだらしないことでは、亡くなられたお父上が悲しみます。」
兄の今若と音若は、すでに膳の前に正座している。
今若の隣に座ると
「牛若、遅い!」今若が小声で注意した。
「はい、申し訳ありません」
「お食事中は口を慎みなさいまし」母の注意が聞こえる。
「はい」と三人とも口をそろえて返事をする。
今日の母上は何か様子が変である。よく分からないが、いつもとは違う感じがする。
しばらく無言の食事が続く。
突然、「今日は、六波羅殿にお目通りするから、くれぐれも失礼の無いようになさい」
と母上は厳しい面持ちで口を開いた。
幼い牛若には何のことか全く判らない。
雪の中、常磐御前は三人をつれて六波羅に向かう。
「母上、寒うございます。六波羅殿にお目通りしてどうなるのでしょうか?」
「安心なさい、そなた達3人の為です。何があっても悲しまないで・・・。」
大きな門の前に来ると、門衛は常磐御前と3人の子供を中に入れ、清盛の待つ中庭に案内された。
かねてより評判の美貌麗しき常磐御前の姿を見て、清盛は一目で気に入ってしまった。
清盛は、必死に3人の子供の命乞いをする常磐御前に
「妾になるなら、子供達の命は助けてやろう」と言った。
常磐御前は、憎き敵の清盛ではあるが子供達の命には替えられないので了承した。
そして、今若は醍醐寺に、音若は園城寺に、そして牛若は鞍馬寺に預けらることになった。
鞍馬山に預けられた幼い牛若は体も気も弱く、毎日を母をしのんで泣いていた。
鞍馬寺では、僧兵達には平家の横暴に憤りを感じるものが多く、平家を討ちたいと日々話し合っている。
ある時、僧兵の一人が牛若に、源義朝の子であり、清盛に母上を奪われたことを教えた。
それを聞き僧兵達から武術を教わるようになったが、元々体も弱く気の優しい牛若は、僧兵達の武術の試練になかなかついて行けずに つらい毎日を過ごしていた。
いつまで経っても上達しない牛若は、悲しさのあまり寺を出て山奥に向かった。
山の中をあてもなく彷徨い歩いていると淵に出た。
美しく澄んだ水を見ていると吸い込まれるような心地がする。
(母上に会いたい、平家が無くなれば・・・母上に会える・・・。武術を教わっているが上達しない・・・いっそ谷川に身を投げようか・・)
そう思っていると、淵の底に何か銀色に光るものが見える。
(なんだろう・・・美しい光・・・)
冷たい水を我慢して水に潜りそれを手にした。
銀色に輝く拳ほどの大きさの玉。
(きれいな玉だな、でも冷たい水の中にあったにもかかわらず暖かい不思議な玉。この玉が私の望みを叶えてくれると良いのに・・・)
そう願うと、どこからともなく優しい声が聞こえた。
「そなたの望み叶えてやろうか?」
「え!?」
あたりを見ますが誰もいない。
(気のせいか・・・)
そう思うものの、試しに
「お願いです、私を強い男にしてください」
願いを口にすると、また声が聞こえた。
「玉を胸に当てなさい」
「誰です?」再びまわりを見るが誰もいない。
(この玉の中から聞こえるのかな・・・?)
「胸に玉を押し当てなさい」
母に似た、優しく美しい声が玉の中から聞こえてくる。
言われるまま玉を胸に押し当てると、玉は金色に輝いたかと思うと、音もなく静かに体の中に入った。
また声が聞こえる。今度は、はっきりと頭の中に聞こえてくる。
「どうじゃ、力がみなぎってくるだろう」
確かに身が軽くなったような気がした。
(どうしたというのだ・・・・体が軽くなり力が漲ってくる)
ものは試しと、二間ほど離れた向こう岸の岩に向かって飛んでみる。
すると不思議なことに体は羽が生えたように軽くなり宙を舞った、そして音もなく岩の上に降り立つことができた。
(なんと不思議なこと・・・。母上、ありがとうございます)
「そなたの母上ではないが、ゆかりのあるものじゃ。信じて精進なさい」
「ありがとうございます!」
先ほどまで、あれほど重かった足が軽くなり、上り坂ですら風のように駆け上がることができた。ひと飛びすれば高い木の枝に手が届き、木の枝を天狗のように飛び移ることができる。鞍馬山で一番高い木の上に立ち誓いを立てた。
「牛若は、必ずや清盛を討つ!父上の無念を晴らしてみせる!母上を助け出してみせる!」