9) ギネのBST(産婦人科の臨床実習) | ******研修医MASAYA******

9) ギネのBST(産婦人科の臨床実習)

{1}

URO(泌尿器科)のBSTも外来問診、教授診察の見学や手術見学など一通り済み、今週からはギネ(産婦人科)のBSTが始まる。
ギネも他の科と同様に外来問診からスタート。
問診の取り方もだんだん慣れてきた。

初めの患者さんは38才で、割ときれいなご婦人。
主訴は「おりもの」と「痛み」。
偶然にも母親と同姓同名で少し親近感をもつ。
問診も済んで診察室に入ると、指導医から内診中は私語はしないようにと注意をうける。
パーティションで仕切られた各診察台にはカーテンがある。
診察側からは、カーテンの向こう側にいる患者さんの顔は見えない。
患者さんからも内診中の様子が見えないようにしてある。
渡されたゴムの手袋を両手にはめ、両腕を上に向けた状態で、患者さんが診察台に上るのを待つ。

私の担当のご婦人が名前を呼ばれて診察台に上ると、下着を取り股を開くよう指示する看護婦さんの優しい声が聞こえ、股を開いたご婦人の下半身が丸見えになる(当たり前か)。
指導医の先生が患者さんに声をかけ、私の方を見て内診するよう目で合図したので、早速内診開始。
左手を膀胱の辺りにあて右手の第一指と二指ををそっと入れる、さらにゆっくりと入れ子宮頸部に指先が当たる。同時に左手に力を入れ軽く押すと、右の二本の指に子宮頸部が押し戻される感覚が伝わってくる。
明るい光の下で女性の陰部に指を入れ診察するという行為は、普通に女性との関係を持つ時のような愛撫行為とはほど遠いもので「何か異常はないか」と考えながら診察しているので余計なことを考えている暇もなく、必死で真剣そのものだ。
すぐに助教授に交代すると、早口で所見をドイツ語で次々と言う、それをシュライバー(記録係)の先生がカルテに記載していく。
訳の分からない言葉が次々と出てくる。

隣の診察台で繁山君が内診するのをのぞき見る。
患者さん二十歳くらいの女性で、初めのうちは恥ずかしそうにしていたが看護婦さんに言い含められ下半身を露わにした。
彼は初めから二本の指を入れようしたので、患者さんは「痛い!」と声を上げた。
内心、処女だったらどうするのかと心配になった。
その後は担当の先生に交代し、内診を見ていると、処女ではなさそうだ。

雨宮はどうだろうかと見ると、平気な顔をして内診をしている。
女はこの辺が男と感覚が違うのだろう。
ちらっと私の顔を見たが、そのまま内診を続ける。
雨宮の顔からは、少しサディスティックな感じが伝わってきた。
{2}
ギネのBST の初日は、少し緊張した。
その後は分娩見学などもあり、初めて赤ん坊が出てくるところをみる。
妊婦さんは、脂汗をかきながら「スースー、ハーハー」繰り返し呼吸を続ける。
分娩を見るのは初めてだ。
見学前は興味津々であったが、実際に目の前にすると、スケベ心など何処かへ吹っ飛んでしまう。
ただ心配な気持ちばかりになる。
見なくて済むなら、見ない方が良い。

赤ちゃんの頭が出てくる、陰部は驚くほど広がっている。
(こんなに広がって、大丈夫か?裂けてしまうのでないか)心配になる。
医者も看護婦も平気な風で声をかけている。
まだ出てこない。
突然、医者がハサミを持ち会陰切開をする。
「パチン」と音がする。
と同時に赤ちゃんが出てきた。
苦しそうな母親の顔が、赤ちゃんが出た瞬間、晴れ晴れとした素敵な表情に変わる。
生まれたばかりの赤ん坊の顔を見る母親の顔はとっても美しい。
男にはこの苦しみも喜びも判らない。
女性の特権だ。
女性、否、母親が強いのも頷ける。
母親には子供が自分の子供であることは確実に判る。
それに反し、男は自分の子供であると信じるしかない。
分娩の見学を通し、自分もこのようにして、この世に生を受けたことを始めて知る。
あらためて、母の恩を実感した。

各科のBSTも臨床講義も着実に進んでいく、あと一週間で夏休みとなった火曜日のこと。
雨宮美鈴がまた一緒に帰ろうと俺を誘った。
「これで3度目だ」とつぶやくと。
「え、なーに?」
「今度は何のおねがいだ?」
「解る?」
「当たり前だろ!ワンパターンじゃないか。」
「ねえ?」
「なんだよ!」
「赤城君の部屋見せてよ!」
「いやだ!」
「どーして?」
「いやなモンはいやさ!」
「ふーん、そんなこと言っていいの?」
「なんだよ!脅したって脅されるようなこと無いぞ」

「何か変なのよ、入学当時もどこか秘密めいたところがあったのだけど、教養が済んで学部になってからも判らないところがあるのよ。他の人たちは2年も一緒にいるとだいたいこんな感じかなって判るのよ。赤城君の場合ずっと変わらないのよ、わざと変な眼鏡して格好悪く見せていることの理由に正当性とか納得させるものが無いのよ。これって変じゃない?女性がいる風にも見えないし。男臭さがほとんど無いのよ。ほかの男性は一緒にいると少し危険な感じが伝わってくるのだけど、赤城君は妙に安心させるのよ。ずっと側にいたいと思わせる何かがあるような気がするの・・・」
「気のせいだろ?」
「またそんなこと言ってはぐらかそうとする!ギネの内診の時だって、他の人達はあの後興奮してしゃべったりしていたけど、赤城君は冷静にして平気な顔をしていたもの。私見てたのよ。女の人の見るの慣れてるの?」
「そんなこと無いよ!生まれる瞬間なんて感激したよ!」
「それじゃあないのよ!またはぐらかそうとする!」
(やれやれ、困ったことになったぞ。どうしようか)

「はぐらかしてないよ、ほんとだよ。部屋が散らかっているので恥ずかしいし、雨宮さんみたいなお嬢さんが見たがるようなものじゃないよ。男の部屋に来るなんてことしない方がいいよ。誤解されるよ。今日は他の用事が入ってるのでまた別の機会にしようよ」
「なにか変なのよ、普通、男の部屋に行きたいっていうと喜んで連れてくと思うのに」
「そんなことないよ、あっ、そうだ。夏休みに別荘へ行く件どうなった?」
「行くわよ!いつなら良いの?」
「いつ行くの?」
「赤城君の予定はどうなの?」
「そうだな、夏休み入って初めの月火水ならバイト先に迷惑かけずに済むのでそのあたりでどう?」
「良いわ。じゃあ7月25日の月曜日から三日間一緒に勉強してくれる?」
「いいよ、じゃあ前と同じように犬塚駅前で降ろしてくれる?」
「部屋の前までじゃ駄目なの?」
「道が狭くて車では無理だよ」
「仕方ないわね」
「ごめん」

何とか雨宮の攻撃を避けることができ、駅前で降りてコンビニに入る。
外を見ると、雨宮はそのまま車を走らせ帰っていった。
突然携帯電話が鳴った。