8) UROのBST(泌尿器科の臨床実習) | ******研修医MASAYA******

8) UROのBST(泌尿器科の臨床実習)

臨床講義、臨床実習、勉強会が繰り返される毎日。
今週からウロ(泌尿器科)のBST(bedside-teaching)が始まった。
私が一人で外来で待っていると、先に雨宮美鈴が来て、少し遅れて残りの3人が来た。
5人そろったので問診室にはいり、実習担当の先生よりアナムネ(問診)の仕方の説明を受ける。
早速、問診が始まる。
始めは雨宮美鈴であった。それを指導医と残りの4人はカーテンの陰から聞いている。
雨宮の担当した患者さんは女性で、主訴は排尿時不快感、頻尿、排尿時痛であった。
患者さんが部屋を出た後、担当の先生は雨宮に予想される病名を質問し、我々にも鑑別診断と確定診断の方法を聞いてきた。
典型的な膀胱炎症状であり彼女は容易に答えることができた。
彼女はほっとした表情で私の方を見た。私も黙って頷いた。

次は私の番だ。カルテには21歳男性とある。
緊張した気持ちで名前を呼ぶと、暗い表情の患者さんが入ってきて、机を挟んで向かい側に座った。
「○○さんですか」
「はい」
「どうされました?」
「最近、陰部がべたべたするのです」(男なのに変な主訴だな、夢精でもしたのかな)
「いつ頃からですか?」
「一週間くらい前からです」
「毎日ですか?」
「はい」(夢精ではなさそうだ)
「いつもですか?」
「はい」
「以前にも同じようなことはありましたか?」
「いいえ」(なんだろう?)
「何か出来てますか?」
「いいえ、なにもできてません」(なんだろう?)
「痛みはありますか?」
「ありません」
「パンツにドロッとした物が付きますか?」
「いいえ」
「オシッコですか?」
「そうかも知れません」
「オシッコするとき、始めは出にくいですか」
「普通に勢いよく出ます」(そうだろ、若者では前立腺肥大はあまり無いからな)
「排尿後はどうですか」
「やはり、ベタベタしてきます」
「尿が漏れるのですか」
「漏れません」
(なんか、変だな、病名の予想が付かないな、まずいな)と考えていると、同じようなことが自分にもあったことを思い出した。

あれは、キャバレーで住み込みで働いていた頃のことである。
いろいろ面倒を見てくれた年上の女性に初めて手ほどきを受けたとき、感激にと同時に罪悪感にも駆られた。その後しばらくべたべたした感じがあったが、回を重ねるうちにそのような感覚は消えていた。

(ひょっとして、初めての経験で病気を心配しているのかな)と思い
「失礼ですが、商売の女性と性交渉しましたか?」
しばらくもじもじしたあと
「はい」
「それで、性病を心配されているのですか?」
青年の表情が少し明るくなり
「実はそうなのです、大丈夫でしょうか?」
「血液検査をすれば判ると思います」
その青年はほっとした表情に変わり
「そうですか」と答えた。
私は、カルテの主訴の欄に「性病の心配」と書き加えて、私の問診は終わった。

青年が出て行った後、指導医の先生から「君は、よく分かったな。たいしたものだ」とお褒めの言葉を頂いた。
グループの連中も「何で、そんなことを思いついたのだ?」と聞いてきたので。
「なんとなく」と答えておいた。
後で雨宮も聞いてきたが、その理由は口が裂けても言うわけにはいかなかった。
「まぐれ」で済ませた。


問診をとったあと、私たちは教授の診察を見学する。
石黒教授は国立T大出身で少し太り気味だが立派な顔立ちをし、私が見てもダンディーに思える。
もう少し痩せていればイケメン、ハンサムの部類にはいると思う。
嘘か本当か判らないが、酒と女が好きで、奥さんとお嬢さんには愛想を尽かされているという噂である。
声は低めで優しく、言葉遣いも丁寧なので、患者さんはすぐに安心してしまうだろう。

診察や話の仕方は抜群で、さすがにT大出身は違うと感じさせられる。
中でも一番の驚きは、男性患者さんの診察で精液採取の見事さであった。
今まで、患者さんに写真をもたせてトイレの中で自分で採取させるものだと思っていたが、診察ベッドの上で肛門から指を入れ、前立腺の診察の終わりに、どんなマッサージをするのか判らないが一瞬で射精させスピッツ(試験管の一種)に採取してしまった。
その手際の良さには唖然とさせられ、雨宮も恥ずかしそうな顔をしていたが、しっかり見ていた。
私が問診を取った患者さんの診察が終わったあと、
「この問診は誰が取ったのか?」と聞いてきたので
「わたしです」と答えると
「学生にしては、ここまで聞き取れるのはなかなかできるものではない、私の所にこないか?」と言われた。
「ありがとうございます、これから勉強して国家試験に合格してから考えさせて貰います」 と答えておいた。


そのあと皆で喫茶室にはいりコーヒーーを飲みながら、今日のBSTの話で盛り上がった。
雨宮が「赤城君、ウロ(泌尿器科)に行くつもりなの?」
「そんなつもりはないよ、まだ決めてないよ。石黒教授を怒らせると怖いのでとりあえず、あのように答えておかないとまずいだろ?どの科でも入局者を増やしたいので学生には声をかけておくだろ?ギネ(産婦人科)でも学生を食事や飲みに連れて行っては入局を勧めているよ。」
「ねえ、どうしてあの問診から性病を心配しているなんて思いついたの?」
「たまたま、そう思っただけで、まぐれあたりさ、感だけだよ」
「ふーん、そうなの、そんなものなのね」
ひとまずこの件に関してはこれで終わった。


午後から内科総合の臨床講義が始まった。

いつもと同じようにや一番前の席に座り、ノートをとることにした。
今日は、第一内科、第二内科、第三内科の教授が順に講義をしていく。
各科の教授は、学生たちに自分の科の良さをピーアールする絶好のチャンスなので、面白いテーマを選び、判りやすく笑顔で講義している。

時々学生を指名しては答えさせたりしている。

やはり、どの科の教授も入局者数の確保には神経を使っているようだ。